れを見るより一攫《ひとつか》みに、攫みかからんと走り来ぬ。ああ 恐しや恐しや」ト、胸を撫《な》でつつ物語れば。聴水は打ち笑ひ、「そは実《まこと》に危急《あやう》かりし。さりながら黒衣ぬし、今日は和主は客品《かくぼん》にて、居ながら佳肴《かこう》を喰《くら》ひ得んに、なにを苦しんでか自ら猟《かり》に出で、かへつてかかる危急き目に逢ふぞ。毛を吹いて痍《きず》を求むる、酔狂《ものずき》もよきほどにしたまへ。そはともあれわれ今日は大王の御命《おおせ》を受け、和主を今宵招かんため、今朝《けさ》より里へ求食《あさ》り来つ、かくまで下物《さかな》は獲たれども、余りに層《かさ》多ければ、独りにては運び得ず、思量《しあん》にくれし処なり。今和主の来りしこそ幸《さち》なれ、大王もさこそ待ち侘びて在《おわ》さんに、和主も共に手伝ひて、この下物《さかな》を運びてたべ。情《なさけ》は他《あだ》しためならず、皆これ和主に進《まい》らせんためなり」ト、いふに黒衣も打ち笑《わらい》て、「そはいと易《やす》き事なり。幸ひこれに弓あれば、これにて共に扛《か》き往かん。まづ待ち給へせん用あり」ト。やがて大《おおい》なる古菰
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