方《かた》へ出で来つ。此処《ここ》の畠|彼処《かしこ》の廚《くりや》と、日暮るるまで求食《あさ》りしかど、はかばかしき獲物もなければ、尋ねあぐみて只《と》ある藪陰《やぶかげ》に憩《いこ》ひけるに。忽ち車の軋《きし》る音して、一匹の大牛《おおうし》大《おおい》なる荷車を挽《ひ》き、これに一人の牛飼つきて、罵立《ののしりた》てつつ此方《こなた》をさして来れり。聴水は身を潜めて件《くだん》の車の上を見れば。何処《いずく》の津より運び来にけん、俵にしたる米の他《ほか》に、塩鮭《しおざけ》干鰯《ほしか》なんど数多《あまた》積めるに。こは好《よ》き物を見付けつと、なほ隠れて車を遣《や》り過し、閃《ひら》りとその上に飛び乗りて、積みたる肴《さかな》をば音せぬやうに、少しづつ路上《みちのべ》に投落《なげおと》すを、牛飼は少しも心付かず。ただ彼《かの》牛のみ、車の次第に軽くなるに、訝《いぶか》しとや思ひけん、折々立止まりて見返るを。牛飼はまだ暁得《さと》らねば、かへつて牛の怠るなりと思ひて、ひたすら罵り打ち立てて行きぬ。とかくして一町ばかり来るほどに、肴大方取下してければ、はや用なしと車を飛び下り。投げ
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