》の、急に社会《このよ》へ出でし心地して、足も空に金眸《きんぼう》が洞《ほら》に来《きた》れば。金眸は折しも最愛の、照射《ともし》といへる侍妾《そばめ》の鹿を、辺《ほとり》近くまねき寄《よせ》て、酒宴に余念なかりけるが。聴水はかくと見るより、まづ慇懃《いんぎん》に安否を尋ね。さて今日|斯様《かよう》のことありしとて、黒衣が黄金丸を射殺せし由を、白地《ありのまま》に物語れば。金眸も斜《ななめ》ならず喜びて、「そは大《おおい》なる功名《てがら》なりし。さばれ爾《なんじ》何とて他《かれ》を伴はざる、他に褒美《ほうび》を取らせんものを」ト、いへば聴水は、「僕《やつがれ》も然《しか》思ひしかども、今ははや夜も更《ふ》けたれば、今宵は思ひ止《とど》まり給ふて、明日の夜更に他をまねき、酒宴を張らせ給へかし。さすれば僕明日里へ行きて、下物《さかな》数多《あまた》索《もと》めて参らん」ト、いふに金眸も点頭《うなず》きて、「とかくは爾よきに計らへ」「お命《おせ》畏《かしこ》まり候」とて。聴水は一礼なし、己《おの》が棲居《すみか》へ帰りける。
さてその翌朝《あけのあさ》、聴水は身支度《みじたく》なし、里の
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