まづ嗟嘆《さたん》して、「さても珍しき鼠かな。国には盗人《ぬすびと》家に鼠と、人間《ひと》に憎まれ卑《いやし》めらるる、鼠なれどもかくまでに、恩には感じ義には勇《いさ》めり。これを彼の猫の三年|飼《こう》ても、三日にして主を忘るてふ、烏円如きに比べては、雪と炭との差別《けじめ》あり。むかし唐土《もろこし》の蔡嘉夫《さいかふ》といふ人間《ひと》、水を避けて南壟《なんろう》に住す。或夜|大《おおい》なる鼠浮び来て、嘉夫が床《とこ》の辺《ほとり》に伏しけるを、奴《ど》憐《あわれ》みて飯を与へしが。かくて水退きて後、件《くだん》の鼠|青絹玉顆《せいけんぎょくか》を捧《ささ》げて、奴に恩を謝せしとかや。今この阿駒もその類か。復讐《ふくしゅう》の報恩《むくい》に復讐の、用に立ちしも不思議の約束、思へば免《のが》れぬ因果なりけん。さばれ生《いき》とし生ける者、何かは命を惜まざる。朝《あした》に生れ夕《ゆうべ》に死すてふ、蜉蝣《ふゆ》といふ虫だにも、追へば逃《のが》れんとするにあらずや。ましてこの鼠の、恩のためとはいひながら、自ら死して天麩羅《てんぷら》の、辛き思ひをなさんとは、実《まこと》に得がたき
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