潸然《はらはら》と涙を落し、「さても情深き殿たち哉《かな》。かかる殿のためにぞならば、捨《すつ》る命も惜《おし》くはあらず。――妾が自害は黄金ぬしが、御用に立たん願《ねがい》に侍り」「さては今の物語を」「爾《なんじ》は残らず……」「鴨居の上にて聞いて侍り。――妾|去《いぬ》る日|烏円《うばたま》めに、無態の恋慕しかけられて、已《すで》に他《かれ》が爪《つめ》に掛り、絶えなんとせし玉の緒を、黄金ぬしの御情《おんなさけ》にて、不思議に繋《つな》ぎ候ひしが。彼《かの》時わが雄《おっと》は烏円《うばたま》のために、非業の死をば遂げ給ひ。残るは妾ただ一匹、年頃契り深からず、石見銀山《いわみぎんざん》桝落《ますおと》し、地獄落しも何のその。縦令《たと》ひ石油の火の中も、盥《たらい》の水の底までも、死なば共にと盟《ちこ》ふたる、恋し雄に先立たれ、何がこの世の快楽《たのしみ》ぞ。生きて甲斐なきわが身をば、かく存命《ながら》へて今日までも、君に傅《かしず》きまゐらせしは、妾がために雄の仇なる、かの烏円をその場を去らせず、討ちて給ひし黄金ぬしが、御情に羈《ほだ》されて、早晩《いつ》かは君の御為《おんため》
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