えしかば。「こは意外長坐しぬ、宥《ゆる》したまへ」ト会釈しつつ、わが棲居《すみか》をさして帰り行く、途すがら例の森陰まで来たりしに、昨日の如く木の上より、矢を射かくるものありしが。此度《こたび》は黄金丸肩をかすらして、思はず身をも沈めつ、大声あげて「おのれ今日も狼藉《ろうぜき》なすや、引捕《ひっとら》へてくれんず」ト、走り寄《よっ》て木の上を見れば、果して昨日の猿にて、黄金丸の姿を見るより、またも木葉《このは》の中《うち》に隠れしが、われに木伝《こづた》ふ術あらねば、追駆《おっか》けて捕ふることもならず。憎き猿めと思ふのみ、そのままにして打棄てたれど。「さるにても何故《なにゆえ》に彼の猿は、一度ならず二度までも、われを射んとはしたりけん。われら猿とは古代《いにしえ》より、仲|悪《あ》しきものの譬《たとえ》に呼ばれて、互ひに牙《きば》を鳴らし合ふ身なれど、かくわれのみが彼の猿に、執念《しゅうね》く狙はるる覚えはなし。明日にもあれ再び出でなば、引捕《ひっとら》へて糺《ただ》さんものを」ト、その日は怒りを忍びて帰りぬ。――畢竟《ひっきょう》この猿は何者ぞ。また狐罠の落着《なりゆき》怎麼《いか
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