好むものをもて、釣り出《いだ》して罠《わな》に落さんには、さのみ難きことにあらず」トいふに。黄金丸は打喜び、「その釣り落す罠とやらんは、兼《かね》てより聞きつれど、某いまだ見し事なし。怎麼《いか》にして作り候や」「そは斯様々々《かようかよう》にして拵《こしら》へ、それに餌《えば》をかけ置くなり」「して他《かれ》が好む物とは」「そは鼠の天麩羅《てんぷら》とて、肥《こえ》太りたる雌鼠を、油に揚げて掛けおくなり。さすればその香気|他《かれ》が鼻を穿《うが》ちて、心魂忽ち空になり、われを忘れて大概《おおかた》は、その罠に落つるものなり。これよく猟師《かりうど》のなす処にして、かの狂言にもあるにあらずや。御身これより帰りたまはば、まづその如く罠を仕掛て、他が来《きた》るを待ち給へ。今宵あたりは彼の狐の、その香気に浮かれ出でて、御身が罠に落ちんも知れず」ト、懇切《ねんごろ》に教へしかば。「こは好《よ》きことを聞き得たり」ト、数度《あまたたび》喜び聞え、なほ四方山《よもやま》の物語に、時刻を移しけるほどに、日も山端《やまのは》に傾《かたぶ》きて、塒《ねぐら》に騒ぐ群烏《むらがらす》の、声かしましく聞
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