》を佶《きっ》ト見れば。二抱《ふたかか》へもある赤松の、幹|両股《ふたまた》になりたる処に、一匹の黒猿昇りゐて、左手《ゆんで》に黒木の弓を持ち、右手《めて》に青竹の矢を採りて、なほ二の矢を注《つが》へんとせしが。黄金丸が睨《ね》め付《つけ》し、眼《まなこ》の光に恐れけん、その矢も得《え》放《はな》たで、慌《あわただ》しく枝に走り昇り、梢《こずえ》伝ひに木隠《こがく》れて、忽ち姿は見えずなりぬ。かくて次の日になりけるに、不思議なるかな萎《な》えたる足、朱目が言葉に露たがはず、全く癒えて常に異ならねば。黄金丸は雀躍《こおどり》して喜び。急ぎ礼にゆかんとて、些《ちと》ばかりの豆滓《きらず》を携へ、朱目が許《もと》に行きて、全快の由|申聞《もうしきこ》え、言葉を尽して喜悦《よろこび》を陳《の》べつ。「失主狗《はなれいぬ》にて思ふに任せねど、心ばかりの薬礼なり。願《ねがわ》くは納め給へ」ト、彼の豆滓を差し出《いだ》せば。朱目も喜びてこれを納め。ややありていへるやう、「昨日《きのう》御身に聞きたきことありといひしが、余の事ならず」ト、いひさして容《かたち》をあらため、「某《それがし》幾歳《いくとせ
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