郎と、かの雉子《きぎす》を争ひける時、間隙《すき》を狙ひて雉子をば、盗み去りし猫なりければ。黄金丸は大《おおい》に怒りて、一飛びに喰《くっ》てかかり、慌《あわ》てて柱に攀昇《よじのぼ》る黒猫の、尾を咬《くわ》へて曳きおろし。踏躙《ふみにじ》り噬《か》み裂きて、立在《たちどころ》に息の根|止《とど》めぬ。
この時雌鼠は恐る恐る黄金丸の前へ這《は》ひ寄りて、慇懃《いんぎん》に前足をつかへ、数度《あまたたび》頭《こうべ》を垂れて、再生の恩を謝すほどに、黄金丸は莞爾《にっこ》と打ち笑《え》み、「爾《なんじ》は何処《いずこ》に棲《す》む鼠ぞ。また彼の猫は怎麼《いか》なる故に、爾を傷《きずつ》けんとはなせしぞ」ト、尋ぬれば。鼠は少しく膝《ひざ》を進め、「さればよ殿《との》聞き給へ。妾《わらわ》が名は阿駒《おこま》と呼びて、この天井に棲む鼠にて侍《はべ》り。またこの猫は烏円《うばたま》とて、この辺《あたり》に棲む無頼猫《どらねこ》なるが。兼《かね》てより妾に懸想《けそう》し、道ならぬ戯《たわぶ》れなせど。妾は定まる雄《おっと》あれば、更に承引《うけひ》く色もなく、常に強面《つれな》き返辞もて、かへ
前へ
次へ
全89ページ中35ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
巌谷 小波 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング