癒《いえ》ざらん。某《それがし》身辺《かたわら》にあるからは、心丈夫に持つべし」ト、あるいは詈《ののし》りあるいは励まし、甲斐々々しく介抱なせど、果敢々々《はかばか》しき験《しるし》も見《みえ》ぬに、ひたすら心を焦燥《いら》ちけり。或日鷲郎は、食物を取らんために、午前《ひるまえ》より猟《かり》に出で、黄金丸のみ寺に残りてありしが。折しも小春の空|長閑《のどけ》く、斜廡《ひさし》を洩《も》れてさす日影の、払々《ほかほか》と暖きに、黄金丸は床《とこ》をすべり出で、椽端《えんがわ》に端居《はしい》して、独り鬱陶《ものおもい》に打ちくれたるに。忽ち天井裏に物音して、救助《たすけ》を呼ぶ鼠《ねずみ》の声かしましく聞えしが。やがて黄金丸の傍《かたわら》に、一匹の雌《め》鼠走り来て、股《もも》の下に忍び入りつ、救助《たすけ》を乞ふものの如し。黄金丸はいと不憫《ふびん》に思ひ、件《くだん》の雌鼠を小脇《こわき》に蔽《かば》ひ、そも何者に追はれしにやと、彼方《かなた》を佶《きっ》ト見やれば、破《や》れたる板戸の陰に身を忍ばせて、此方《こなた》を窺《うかが》ふ一匹の黒猫あり。只《と》見れば去《いぬ》る日鷲
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