「さもありなんさもこそと、某も疾《と》く猜《すい》したり。さらば御身が言葉にまかせて、某が名も名乗るべし。見らるる如く某は、この辺《あたり》の猟師《かりうど》に事ふる、猟犬にて候が。ある時|鷲《わし》を捉《とっ》て押へしより、名をば鷲郎《わしろう》と呼ばれぬ。こは鷲を捉《と》りし白犬《しろいぬ》なれば、鷲白《わししろ》といふ心なるよし。元より屑《かず》ならぬ犬なれども、猟《かり》には得たる処あれば、近所の犬ども皆恐れて、某が前に尾を垂《た》れぬ者もなければ、天下にわれより強き犬は、多くあるまじと誇りつれど。今しも御身が本事《てなみ》を見て、わが慢心を太《いた》く恥ぢたり。そはともあれ、今御身が語られし、宿願の仔細《しさい》は怎麼にぞや」ト、問ふに黄金丸は四辺《あたり》を見かへり、「さらば委敷《くわしく》語り侍《はべ》らん……」とて、父が非業の死を遂げし事、わが身は牛に養はれし事、それより虎と狐を仇敵《かたき》とねらひ、主家《しゅうか》を出でて諸国を遍歴せし事など、落ちなく語り聞かすほどに。鷲郎はしばしば感嘆の声を発せしが、ややありていへるやう、「その事なれば及ばずながら、某一肢の力を添
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