せしかども。今更に悔いても詮《せん》なしト、漸《ようや》くに思ひ定めつ。ややありて猟犬は、黄金丸にうち向ひ、「さるにても御身《おんみ》は、什麼《そも》何処《いずこ》の犬なれば、かかる処にに漂泊《さまよ》ひ給ふぞ。最前より噬《かみ》あひ見るに、世にも鋭き御身が牙尖《きばさき》、某《それがし》如きが及ぶ処ならず。もし彼の鳥猫に取られずして、なほも御身と争ひなば、わが身は遂に噬斃《かみたお》されて、雉子は御身が有《もの》となりてん。……これを思へば彼の猫も、わがためには救死の恩あり。ああ、危ふかりし危ふかりし」ト、数度《あまたたび》嘆賞するに。黄金丸も言葉を改め、「こは過分なる賛詞《ほめこと》かな。さいふ御身が本事《てなみ》こそ。なかなか及《およ》ばぬ処なれト、心|私《ひそ》かに敬服せり。今は何をか裹《つつ》むべき、某が名は黄金丸とて、以前は去る人間に事《つか》へて、守門の役を勤めしが、宿願ありて暇《いとま》を乞《こ》ひ、今かく失主狗《はなれいぬ》となれども、決して怪しき犬ならず。さてまた御身が尊名|怎麼《いか》に。苦しからずば名乗り給へ」ト、いへば猟犬《かりいぬ》は打点頭《うちうなず》き、
前へ 次へ
全89ページ中24ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
巌谷 小波 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング