《うえ》てふ敵には勝ちがたく、かくてはこの原の露と消《きえ》て、鴉《からす》の餌《えじき》となりなんも知られず。……里まで出づれば食物《くいもの》もあらんに、それさへ四足疲れはてて、今は怎麼《いか》にともすべきやうなし。ああいひ甲斐なき事|哉《かな》」ト、途方に打《うち》くれゐたる折しも。何処《いずく》よりか来りけん、忽《たちま》ち一団の燐火《おにび》眼前《めのまえ》に現れて、高く揚《あが》り低く照らし、娑々《ふわふわ》と宙を飛び行くさま、われを招くに等しければ。黄金丸はやや暁得《さと》りて、「さてはわが亡親《なきおや》の魂魄《たま》、仮に此処《ここ》に現はれて、わが危急を救ひ給ふか。阿那《あな》感謝《かたじけな》し」ト伏し拝みつつ、その燐火の行くがまにまに、路四、五町も来ると覚しき頃、忽ち鉄砲の音耳近く聞えつ、燐火は消えて見えずなりぬ。こはそも怎麼なる処ぞと、四辺《あたり》を見廻はせば、此処は大《おおい》なる寺の門前なり。訝《いぶか》しと思ふものから、門の中《うち》に入りて見れば。こは大なる古刹《ふるでら》にして、今は住む人もなきにや、床《ゆか》は落ち柱斜めに、破れたる壁は蔓蘿《つた
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