其方《そなた》が親の仇敵《かたき》、ただに彼の金眸のみならず。他《かれ》が配下に聴水《ちょうすい》とて、いと獰悪《はらぐろ》き狐あり。此奴《こやつ》ある日鶏を盗みに入りて、端《はし》なく月丸ぬしに見付られ、他《かれ》が尻尾を噛み取られしを、深く意恨に思ひけん。自己《おのれ》の力に及ばぬより、彼の虎が威を仮りて、さてはかかる事に及びぬ。然《しか》れば真《まこと》の仇敵《かたき》とするは、虎よりもまづ狐なり。さるに今|其方《そなた》が、徒らに猛り狂ふて、金眸が洞に駆入り、他《かれ》と雌雄を争ふて、万一誤つて其方負けなば、当の仇敵の狐も殺さず、その身は虎の餌《えじき》とならん。これこそわれから死を求むる、火取虫《ひとりむし》より愚《おろか》なる業《わざ》なれ。殊《こと》に対手《あいて》は年経し大虎、其方は犬の事なれば、縦令《たと》ひ怎麼《いか》なる力ありとも、尋常に噬《か》み合ふては、彼に勝《かた》んこといと難し。それよりは今霎時、牙《きば》を磨《みが》き爪を鍛へ、まづ彼の聴水めを噛み殺し、その上時節の到《いた》るを待《まっ》て、彼の金眸を打ち取るべし。今匹夫の勇を恃《たの》んで、世の胡慮《
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