《なっ》て給はれかし。頼みといふはこの件《こと》のみ。頼む/\」トいふ声も、次第に細る冬の虫草葉の露のいと脆《もろ》き、命は犬も同じことなり。
第三回
悼《いた》はしや花瀬は、夫の行衛《ゆくえ》追ひ駆けて、後《あと》より急ぐ死出《しで》の山、その日の夕暮に没《みまか》りしかば。主人《あるじ》はいとど不憫《ふびん》さに、その死骸《なきがら》を棺《ひつぎ》に納め、家の裏なる小山の蔭に、これを埋《うず》めて石を置き、月丸の名も共に彫《え》り付けて、形《かた》ばかりの比翼塚、跡《あと》懇切《ねんごろ》にぞ弔《とぶら》ひける。
かくて孤児《みなしご》の黄金丸《こがねまる》は、西東だにまだ知らぬ、藁《わら》の上より牧場なる、牡丹《ぼたん》が許《もと》に養ひ取られ、それより牛の乳を呑《の》み、牛の小屋にて生立《おいた》ちしが。次第に成長するにつけ、骨格《ほねぐみ》尋常《よのつね》の犬に勝《すぐ》れ、性質《こころばせ》も雄々《おお》しくて、天晴《あっぱ》れ頼もしき犬となりけり。
さてまた牡丹が雄《おっと》文角《ぶんかく》といへるは、性来《うまれえて》義気深き牛なりければ、花瀬が遺言
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