ば、忽ち発止《ぱっし》と物音して、その身の頸《くび》は物に縛《し》められぬ。「南無三《なむさん》、罠《わな》にてありけるか。鈍《おぞ》くも釣《つ》られし口惜《くちお》しさよ。さばれ人間《ひと》の来らぬ間に、逃《のが》るるまでは逃れて見ん」ト。力の限り悶掻《もが》けども、更にその詮《せん》なきのみか咽喉《のど》は次第に縊《しば》り行きて、苦しきこといはん方《かた》なし。
恁《かか》る処へ、左右の小笹|哦嗟々々《がさがさ》と音して、立出《たちいず》るものありけり。「さてはいよいよ猟師《かりうど》よ」ト、見やればこれ人間《ひと》ならず、いと逞《たく》ましき二匹の犬なり。この時|右手《めて》なる犬は進みよりて、「やをれ聴水われを見識《みし》れりや」ト、いふに聴水|覚束《おぼつか》なくも、彼の犬を見やれば、こは怎麼《いか》に、昨日黒衣に射らせたる黄金丸なるに。再び太《いた》く驚きて、物いはんとするに声は出でず、眼《まなこ》を見はりて悶《もだ》ゆるのみ。犬はなほ語を続《つ》ぎて、「怎麼に苦しきか、さもありなん。されど耳あらばよく聞けかし。爾《なんじ》よくこそわが父を誑《たぶら》かして、金眸には咬《く》はしたれ。われもまた爾がためには、罪もなきに人間《ひと》に打たれて、太《いた》く足を傷《きずつ》けられたれば、重なる意恨《うらみ》いと深かり。然るに爾その後《のち》は、われを恐れて里方へは、少しも姿を出《いだ》さざる故、意恨をはらす事ならで、いとも本意《ほい》なく思ふ折から。朱目《あかめ》ぬしが教へに従ひ、今宵此処に罠を掛《かけ》て、私《ひそ》かに爾が来《きた》るを待ちしに。さきにわがため命を棄《すて》し、阿駒《おこま》が赤心《まごころ》通じけん、鈍《おぞ》くも爾釣り寄せられて、罠に落ちしも免《の》がれぬ天命。今こそ爾を思ひのままに、肉を破り骨を砕き、寸断々々《ずたずた》に噛みさきて、わが意恨《うらみ》を晴らすべきぞ。思知つたか聴水」ト、いひもあへず左右より、掴《つか》みかかつて噛まんとするに。思ひも懸けず後より、「※[#「口+約」、101−4]《やよ》黄金丸|暫《しばら》く待ちね。某《それがし》聊《いささ》か思ふ由あり。這奴《しゃつ》が命は今|霎時《しばし》、助け得させよ」ト、声かけつつ、徐々《しずしず》と立出《たちいず》るものあり。二匹は驚き何者ぞと、月光《つきあかり》に透《
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