すか》し見れば。何時《いつ》のほどにか来りけん、これなん黄金丸が養親《やしないおや》、牡牛《おうし》文角《ぶんかく》なりけるにぞ。「これはこれは」トばかりにて、二匹は再び魂《きも》を消しぬ。
第十三回
恁《かか》る処へ文角の来らんとは、思ひ設けぬ事なれば、黄金丸驚くこと大方ならず。「珍らしや文角ぬし。什麼《そも》何として此処には来《きたり》たまひたる。そはとまれかくもあれ、その後《のち》は御健勝にて喜ばし」ト、一礼すれば文角は点頭《うなず》き、「その驚きは理《ことわり》なれど、これには些《ちと》の仔細あり。さて其処にゐる犬殿は」ト、鷲郎《わしろう》を指《ゆびさ》し問へば。黄金丸も見返りて、「こは鷲郎ぬしとて、去《いぬ》る日|斯様々々《かようかよう》の事より、図らず兄弟の盟《ちか》ひをなせし、世にも頼もしき勇犬なり。さて鷲郎この牛殿は、日頃|某《それがし》が噂《うわさ》したる、養親の文角ぬしなり」ト、互に紹介《ひきあわ》すれば。文角も鷲郎も、恭《うやうや》しく一礼なし、初対面の挨拶《あいさつ》もすめば。黄金丸また文角にむかひて、「さるにても文角ぬしには、怎麼《いか》なる仔細の候《そうろう》て、今宵此処には来たまひたる」ト、連忙《いそがわ》しく尋ぬれば。「さればとよよく聞《きき》ね、われ元より御身たちと、今宵此処にて邂逅《めぐりあ》はんとは、夢にだも知らざりしが。今日しも主家の廝《こもの》に曳《ひ》かれて、この辺《あたり》なる市場へ、塩鮭|干鰯《ほしか》米なんどを、車に積《つみ》て運び来りしが。彼の大藪《おおやぶ》の陰を通る時、一匹の狐物陰より現はれて、わが車の上に飛び乗り、肴《さかな》を取《とっ》て投げおろすに。這《しゃ》ツ憎き野良狐めト、よくよく見れば年頃日頃、憎しと思ふ聴水なれば。這奴《しゃつ》いまだ黄金丸が牙にかからず、なほこの辺を徘徊《はいかい》して、かかる悪事を働けるや。将《いで》一突きに突止めんと、気はあせれども怎麼にせん、われは車に繋《つ》けられたれば、心のままに働けず。これを廝に告げんとすれど、悲しや言語《ことば》通ぜざれば、他《かれ》は少しも心付かで、阿容々々《おめおめ》肴を盗み取られ。やがて市場に着きし後、代物《しろもの》の三分《みつ》が一《ひとつ》は、あらぬに初めて心付き。廝は太《いた》く狼狽《うろた》へて、さまざまに罵《ののし》
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