》に冷笑《あざわら》ひて「さればよ聴水ぬし聞き給へ。われ今日かの木賊《とくさ》ヶ原《はら》に行き、路傍《みちのほとり》なる松の幹の、よき処に坐をしめて、黄金丸が帰来《かえり》を待ちけるが。われいまだ他《かれ》を見しことなければ、もし過失《あやま》ちて他《た》の犬を傷《きずつ》け、後の禍《わざわい》をまねかんも本意《ほい》なしと、案じわづらひてゐけるほどに。暫時《しばらく》して彼方《かなた》より、茶色毛の犬の、しかも一|足《そく》痿《な》えたるが、覚束《おぼつか》なくも歩み来ぬ。兼《かね》て和主が物語に、他《かれ》はその毛茶色にて、右の前足痿えしと聞《きき》しかば。必定《ひつじょう》これなんめりと思ひ。矢比《やごろ》を測つて兵《ひょう》と放てば。竄点《ねらい》誤たず、他《かれ》が右の眼《まなこ》に篦深《のぶか》くも突立《つった》ちしかば、さしもに猛《たけ》き黄金丸も、何かは以《もっ》てたまるべき、忽《たちま》ち撲地《はた》と倒れしが四足を悶掻《もが》いて死《しん》でけり。仕済ましたりと思ひつつ、松より寸留々々《するする》と走り下りて、他《かれ》が躯《むくろ》を取らんとせしに、何処《いずく》より来りけん一人の大男、思ふに撲犬師《いぬころし》なるべし、手に太やかなる棒持ちたるが、歩み寄《よっ》てわれを遮《さえぎ》り、なほ争はば彼の棒もて、われを打たんず勢《いきおい》に。われも他《かれ》さへ亡きものにせば、躯はさのみ要なければ、わが功名《てがら》を横奪《よこどり》されて、残念なれども争ふて、傷《きずつ》けられんも無益《むやく》しと思ひ、そのまま棄てて帰り来ぬ。されども聴水ぬし、他《かれ》は確《たしか》に仕止めたれば、証拠の躯はよし見ずとも、心強く思はれよ。ああ彼の黄金丸も今頃は、革屋《かわや》が軒に鉤下《つりさ》げられてん。思へばわれに意恨《うらみ》もなきに、無残なことをしてけり」ト、事実《まこと》しやかに物語れば、聴水喜ぶこと斜《ななめ》ならず、「こは有難し、われもこれより気強くならん。原来彼の黄金丸は、われのみならず畏《かしこ》くも、大王までを仇敵《かたき》と狙《ねら》ふて、他《かれ》が足痍《あしのきず》愈《いえ》なば、この山に討入《うちいり》て、大王を噬《か》み斃《たお》さんと計る由。……怎麼《いか》に他《かれ》獅子《しし》([#ここから割り注]畑時能が飼ひし犬の名[
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