郎と、かの雉子《きぎす》を争ひける時、間隙《すき》を狙ひて雉子をば、盗み去りし猫なりければ。黄金丸は大《おおい》に怒りて、一飛びに喰《くっ》てかかり、慌《あわ》てて柱に攀昇《よじのぼ》る黒猫の、尾を咬《くわ》へて曳きおろし。踏躙《ふみにじ》り噬《か》み裂きて、立在《たちどころ》に息の根|止《とど》めぬ。
 この時雌鼠は恐る恐る黄金丸の前へ這《は》ひ寄りて、慇懃《いんぎん》に前足をつかへ、数度《あまたたび》頭《こうべ》を垂れて、再生の恩を謝すほどに、黄金丸は莞爾《にっこ》と打ち笑《え》み、「爾《なんじ》は何処《いずこ》に棲《す》む鼠ぞ。また彼の猫は怎麼《いか》なる故に、爾を傷《きずつ》けんとはなせしぞ」ト、尋ぬれば。鼠は少しく膝《ひざ》を進め、「さればよ殿《との》聞き給へ。妾《わらわ》が名は阿駒《おこま》と呼びて、この天井に棲む鼠にて侍《はべ》り。またこの猫は烏円《うばたま》とて、この辺《あたり》に棲む無頼猫《どらねこ》なるが。兼《かね》てより妾に懸想《けそう》し、道ならぬ戯《たわぶ》れなせど。妾は定まる雄《おっと》あれば、更に承引《うけひ》く色もなく、常に強面《つれな》き返辞もて、かへつて他《かれ》を窘《たしな》めしが。かくても思切れずやありけん、今しも妾が巣に忍び来て、無残にも妾が雄を噬みころし、妾を奪ひ去らんとするより、逃げ惑ふて遂にかく、殿の枕辺《まくらべ》を騒がせし、無礼の罪は許したまへ」ト、涙ながらに物語れば、黄金丸も不憫の者よト、件《くだん》の鼠を慰めつつ、彼の烏円を尻目《しりめ》にかけ、「さりとては憎き猫かな。這奴《しゃつ》はいぬる日わが鳥を、盗み去りしことあれば、われまた意恨《うらみ》なきにあらず。年頃なせし悪事の天罰、今報ひ来てかく成りしは、実《まこと》に気味よき事なりけり」ト、いふ折から彼の鷲郎は、小鳥二、三羽|嘴《くち》に咬《く》はへて、猟《かり》より帰り来りしが。この体態《ていたらく》を見て、事の由来《おこり》を尋ぬるに、黄金丸はありし仕末を落ちなく語れば。鷲郎もその功労《てがら》を称賛しつ、「かくては御身が疾病《いたつき》も、遠ほからずして癒ゆべし」など、いひて共に打ち興じ。やがて持ち来りし小鳥と共に、烏円が肉を裂きて、思ひのままにこれを喰《くら》ひぬ。
 さてこの時より彼の阿駒は、再生の恩に感じけん、朝夕《あけくれ》黄金丸が傍に傅《かしず
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