》きて、何くれとなく忠実《まめやか》に働くにぞ、黄金丸もその厚意《こころ》を嘉《よみ》し、情《なさけ》を掛《かけ》て使ひけるが、もとこの阿駒といふ鼠は、去る香具師《こうぐし》に飼はれて、種々《さまざま》の芸を仕込まれ、縁日の見世物《みせもの》に出《いで》し身なりしを、故《ゆえ》ありて小屋を忍出で、今この古刹《ふるでら》に住むものなれば。折々は黄金丸が枕辺にて、有漏覚《うろおぼ》えの舞の手振《てぶり》、または綱渡り籠抜《かごぬ》けなんど。古《むか》し取《とっ》たる杵柄《きねづか》の、覚束《おぼつか》なくも奏《かな》でけるに、黄金丸も興に入りて、病苦もために忘れけり。

     第八回

 黄金丸が病に伏してより、やや一月にも余りしほどに、身体《みうち》の痛みも失《う》せしかど、前足いまだ癒《い》えずして、歩行もいと苦しければ、心|頻《しき》りに焦燥《いらち》つつ、「このままに打ち過ぎんには、遂に生れもつかぬ跛犬となりて、親の仇《あだ》さへ討ちがたけん。今の間《あいだ》によき薬を得て、足を癒《いや》さでは叶《かな》ふまじ」ト、その薬を索《たずね》るほどに。或日鷲郎は慌《あわただ》しく他より帰りて、黄金丸にいへるやう、「やよ黄金丸喜びね。某《それがし》今日|好《よ》き医師《くすし》を聞得たり」トいふに。黄金丸は膝《ひざ》を進め、「こは耳寄りなることかな、その医師とは何処《いずこ》の誰《たれ》ぞ」ト、連忙《いそが》はしく問へば、鷲郎は荅《こた》へて、「さればよ。某今日里に遊びて、古き友達に邂逅《めぐりあ》ひけるが。その犬語るやう、此処を去ること南の方一里ばかりに、木賊《とくさ》が原といふ処ありて、其処に朱目《あかめ》の翁《おきな》とて、貴《とうと》き兎住めり。この翁若き時は、彼の柴刈《しばか》りの爺《じじ》がために、仇敵《かたき》狸《たぬき》を海に沈めしことありしが。その功によりて月宮殿《げっきゅうでん》より、霊杵《れいきょ》と霊臼《れいきゅう》とを賜はり、そをもて万《よろず》の薬を搗《つ》きて、今は豊《ゆたか》に世を送れるが。この翁が許《もと》にゆかば、大概《おおかた》の獣類《けもの》の疾病《やまい》は、癒えずといふことなしとかや。その犬も去《いぬ》る日|村童《さとのこ》に石を打たれて、左の後足《あとあし》を破られしが、件《くだん》の翁が薬を得て、その痍《きず》とみに癒
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