て來ましたが、其中から西洋と同じことを言へば座と云ふものが出來た。座は同業が相聯合して政府に冥加金のやうなものを納める。何百年來やつて居つたとか、親の代からやつて居つたとか、色々理窟があつて政府が認定して座とすると云ふことになると、外の競爭を許さい[#「許さい」はママ]。絹は絹の座、鹽を扱ふ者は鹽の座、鎌倉へ行くと材木座と云ふ處をお通りでせうが、あれは材木商人が寄つて政府の許可を得た特許商人の所です。此座が段々擴がつて京都の近邊の大津邊りには馬の座といふものがある。即ち物を運ぶ馬です。其馬は大津が日本全國の馬の座の中心であつて、大津の座の許可を得なければ馬を取扱ふことは出來ぬと云ふやうなことに迄なつて來た。所謂特許商人です。最も著しいのは、京都の山崎の八幡宮であつて、朝廷の由緒の深い所で、八幡樣にお燈明を上げるが、燈明には荏の油を使ふのである。荏の油は何處から出るかと言ふと、播磨の國から出る。播磨の國から荏の油を取寄せて、山崎の神樣にお燈明を上げるのである。其山崎の神主がそれを管理して居る。そこで其中に經濟論が出て來て、其頃淀川を上る舟から税を取りましたが、荏の油は神樣へ捧げる油であるから税を取ることはならぬ、一切自由と云ふことを要求して、是は又權力者が之を認めたのです。さうすると山崎の神主も男ばかりでなく、細君もあり子供もあるから段々子供が殖える、子供が殖えると山崎の家に居られませぬから、それが京都へ移つて町人となる。町人となると此荏の油の特許權は山崎の神主が持つて居るのであるから、神主の體から出た子供の體にも特許權がある筈だと云ふので、京都へばら/\散つて居る其神主の子供の體に荏の油の特許權がついて、京都に於ては此座の外は油を賣ることはならぬことになつた。それから小野宮の神主と云ふものが又麹と云ふものは小野の神樣へ仕ふるものが元であるから、麹の特許權は小野の神主が持つて、其小野の神主の體から生れた子供は京都へ行つても特許權を持つて居ると云ふやうなことで、京都で色々な座が澤山さう云ふ風に出來て來た。それは上から出たのですが、下から出たのもある。そこでさう云ふやうなものが政府からも許され、仕來りにも據る座と云ふものが出來て、座でなければ商賣が出來ないと云ふことになつた。歐洲の自治體と云ふものは何かと言ふと、皆座の商人が自治體の中心でありまして、即ち自治體と云ふものは
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