溜息《ためいき》ついて黙読をはじめた。私は、机のそばに坐って、ひっそりと机に頬杖つき、わが愛読者の愛すべき横顔を眺めた。ああ、おのれの作品が眼のまえで、むさぼるように読まれて居るのを眺めるこの刺すような歓喜!
雪は二三枚読むと、なんと思ったか、ぱっと原稿を膝から払いのけた。
「だめ。私読めないの。まだ酔っぱらっているのかしら。」
私はいたく失望した。たとえ、どのように酔っていたとて、一行読みだすと、たちまちに酔も醒めて、最後の一行まで、胸のはりさける思いでむさぼり読まれて然《しか》るべき傑作ではないか。ウイスキイ二三杯ぐらいの酔のために、膝からはらいのけるとは!
私は泣きたくなった。
「面白くないのか?」
「いいえ、かえって苦しいの。私あんなに美しくないわ。」
私は、ふたたび勇気を得た。そうだ、傑作にはそのような性格もあるのだ。よすぎて読めない。これは有り得る。そう安心すると、私は雪に対して、まえよりも強い、はばのひろい愛情を覚えたのだった。恋愛に憐憫の情がまじると、その感情はいっそうひろがり高まるものらしい。
「いや、そんなことはない。君の方が美しい。顔の美しさは心の美しさだ
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