は飛んでもない奴だ。貴様はだれに云いつかってこの橋の渡り賃を取るのだ」
「生意気なことをお云いでない。あの向うの橋の渡り口を御覧……あすこにお役所があるだろう。あのお役所の云い付けでここに番をしているのが、お前さんたちはわからないか。愚図愚図云うとお前さんたちの首に縄をつけて、あすこのお役人の所へ連れて行つて獄屋に打《ぶ》ち込んでしまうが、いいかい」
と大変な勢いです。豚吉は又青くなってしまいました。
さっきからこの様子を見ていたヒョロ子は、この時そっと豚吉の袖を引きまして、こう云いました。
「およしなさい。こんなお婆さんと喧嘩をするのは……。それよりもこの河は浅そうですから、私があなたを背負って渡りましょう」
と云いました。
豚吉はこう云われて河の方を見ましたが、成る程、河の水はザアザアと浅そうに見えて流れております。けれどもやっぱり何だか恐ろしそうですから、又元気を出して婆さんに云いました。
「いけない。いくらお役人に頼まれていても、一人の人間から二人前のお金を取っていいことはあるまい。何でも一銭でこの橋を渡らせろ」
「いけない。そんなことを云うなら、もう百円出してもこの橋は渡らせない。喧嘩するならお出《い》で。私が相手になってやる」
「何を、この糞婆ア」
と云ううちに、豚吉は真赤に怒って、イキナリお婆さんに掴みかかって行きました。
豚吉は、何をこの梅干|婆《ばば》と、馬鹿にしてつかみかかって行きました。ところがその強いこと、橋番のお婆さんはイキナリ豚吉を捕まえますと、手鞠《てまり》のように河の中へ投げ込んでしまいました。
これを見ていたヒョロ子は驚きました。
「あれ、あぶない」
と云ううちに、自分も河の中へ飛び込んで、
「助けてくれ助けてくれ」
と叫びながら流れてゆく豚吉のあとから、長い足でザブザブと河の水を蹴立てて追っかけましたが、間もなく豚吉を捕まえまして、片手に提《さ》げて河を渡ると、今度は橋の向う側に上って来ました。
これを見ていたお婆さんはカンカンに憤《おこ》って、橋を渡って追っかけて来ました。そうしてヒョロ子の腕を掴みながら、
「お前達は泥棒だ。橋の渡り賃を払わずにこの河を渡った者は懲役《ちょうえき》に行くのだ。サア来い。お役所に連れてゆくから」
と怒鳴りました。
豚吉はふるえ上がってしまいました。
けれどもヒョロ子は驚きません。婆さんに腕を掴まれたまま静かに云いました。
「そんなわからないことを云うものではありません。私たちはあの橋を渡らずにここまで来たのです。橋を渡っていませんから、お金も払わなくていいでしょう」
と云いましたけれども、お婆さんはなかなか承知しません。
「いけないいけない。何でもお金を払わなければいけない」
と大きな声を出しました。
さっきからこの様子を見ていたお役所の役人は、あんまり夫婦の姿が珍らしいので、みんな出て来て三人のまわりを取巻いてしまいました。そうするとお婆さんは益《ますます》勢《いきおい》付いて、やっぱりヒョロ子の腕を掴んだまま怒鳴り立てました。
「お役人様。この夫婦は泥棒ですよ。橋賃を払わずにこの橋を渡ったのです」
「いいえ、違います」
と、流石《さすが》に堪忍《かんにん》強いヒョロ子にも我慢しきれなくなって云いました。
「あなたが初め私達二人に倍のお金を払えと云ったから、私たちは河を渡ったのです」
「ウン、そんなら橋賃は払わなくてもいい」
と、一人の年|老《と》った役人が云いました。これをきくとお婆さんは一層怒って、
「ええ、口惜《くちお》しい。あなた方は泥棒の味方をするのですか。そんならこの腕をヘシ折ってやる」
と云ううちに、ヒョロ子の腕に両手をかけました。
ヒョロ子は驚きました。腕をへし折られては大変ですから、思わずその手を一振り振りますと、それに掴まっていたお婆さんは、まるで紙布のように宙に飛んで、河の中へポチャンと落ちてドンドン流れてゆきました。これを見た役人たちは、
「ヤッ、大変だ」
というので、みんな婆さんを助けに走ってゆきます。ヒョロ子もビックリして助けに行こうとしますと、今度は豚吉が腕を捕まえて離しません。
「今の間に逃げろ逃げろ」
と云ううちに、ヒョロ子を引っぱってドンドン逃げ出しました。
豚吉とヒョロ子夫婦は、成るたけ人の泊らない淋しそうな宿屋を探し出して泊りますと、豚吉の着物を乾かしたり、お昼御飯をたべたりしましたが、それから宿屋の番頭さんを呼んで尋ねました。
「私たちは見かけの通り、身体《からだ》が長過ぎたり太過ぎたりするものですが、この町に私達の身体《からだ》を当り前に治してくれるお医者さんは無いでしょうか」
「それはよいお医者があります」
とその番頭さんは云いました。
「この町の外れに一軒のきたないお医者様の家《うち》があります。そこの御主人は無茶先生と云って、無茶なことをするので名高いのですが、どんな無茶なことをされてもそれを我慢していると、不思議にいろんな病気がなおるのです」
「フーン。その無茶とはどんなことをするのだ」
と豚吉が心配そうにききました。
「それはいろいろありますが、わるいものをたべてお腹が痛いと云うと、口から手を突込んで腹の中をかきまわしたり、眼がわるいと云うと、クリ抜いて、よく洗って、お薬をふりかけて、又もとの穴に入れたりなされます」
「ワー大変だ。そんな恐ろしいお医者は御免だ」
「そうで御座いましょう。どなたもそれが恐ろしいので、その無茶先生のところへは行かれませぬ。そのために無茶先生はいつも貧乏です」
「もうほかにお医者は無いか」
「そうですね。只今ちょっと思い出しませんが」
「そうかい。又上手なお医者があったら知らせておくれ」
「かしこまりました」
と番頭さんは帰ってゆきました。
「あなたはその無茶先生のところへお出《い》でになりませんか」
とヒョロ子が云いますと、豚吉は眼をまん丸にして手を振りました。
「おそろしやおそろしや。そんなお医者のところへ行って、殺されたらどうする」
「でも、どんな病気でも治るというではありませんか。一度ぐらい殺されても、又生き上ればよいではありませぬか」
「お前は女の癖に途方もないことを云う奴だ。もし生き上らなかったらどうする」
「そんなことをおっしゃっても、あなたはまだそのお医者が上手か下手か御存じないでしょう」
「お前も知らないだろう」
「ですから試しに行って見ようではありませんか。もしその先生のおかげで私たちの身体《からだ》が当り前になれば、こんな芽出度《めでた》いことはないでしょう」
とヒョロ子が一生懸命になってすすめますので、豚吉もためしに行って見ることにきめました。
豚吉とヒョロ子はそれから連れ立って町の外れへ来てみますと、成る程、そこに一軒のキタナイお医者様の札が出て、無茶病院という看板が出ております。ソレを見ると豚吉はもうふるえあがって、
「おれはいやだ。無茶病院という位だから、どんなヒドイ目に会わせられるかわからない。帰ろう帰ろう」
と引っかえしかけました。それをヒョロ子は押し止めまして、
「マアお待ちなさい。只先生に会ってお話をきくだけならいいじゃありませんか。そのあとで診《み》てもらうかどうだかきめたらいいでしょう」
と、無理に豚吉の手を引いて中へ這入って行きました。
豚吉とヒョロ子は無茶病院に這入って、院長の無茶先生に会いますと、先生は髭もあたまも野蕃人のように長くのばして、素《す》っ裸体《ぱだか》で体操をしていましたが、二人の姿を見るとニコニコして裸体《はだか》のまま出て来て、
「ヤア、よく来たよく来た。お前たちのような片輪は珍らしい。しかも夫婦揃って来るとは感心感心。おおかた当り前の身体《からだ》に治してもらいに来たのだろう。よく来たよく来た。おれがすぐに治してやる。お前たちのような病人を治すものは世界中におれ一人しか居ないのだ。さあ、こっちへ来い」
と独りでしゃべりながら、豚吉の手を掴まえて奥の方へ引っぱって行こうとしました。
「一寸《ちょっと》待って下さい」
と叫んで豚吉は手を引っこめました。
「あなたはどんなことをして私の身体《からだ》を治して下さるのですか」
「アハハハハハハ。貴様はよっぽど弱虫だな。そんなことではお前の身体《からだ》は治らないぞ。おれは貴様の背骨を引き抜いて長くしておいて、それにお前の身体《からだ》を引きのばしたのを引っかけるのだ」
「ワッ」
と、豚吉はふるえ上って逃げ出そうとしました。それをヒョロ子はしっかりと押え付けて、又先生に尋ねました。
「それは痛くはありませんか」
「いいや、ちっとも痛いことはない。睡《ねむ》らしておいて、その間に済ませてしまうのだから」
「ああ、安心した。それじゃやってもらおう」
と豚吉が云いましたので、ヒョロ子はやっと豚吉の手を離しました。
「それじゃ、私の方はどうなさるのです」
と、今度はヒョロ子が心配そうに聞きました。
「アッハッハッ。貴様たちは夫婦共揃って弱虫だな。お前の方もおんなじことだよ。ちっとも知らない間に治すのだよ。しかし、そんなに恐ろしがるなら、ちっと面倒臭いが早く済むようにしてやろう。お前達はこれから獣《けもの》の市場へ行って、生きた鹿と猪《いのしし》を一匹|宛《ずつ》買って来い。女の方には猪の背骨を入れて背を低くしてやる。男の方には鹿の背骨を入れて背を高くしてやる」
「エッ、猪と鹿の骨を」
と二人は眼をまん丸くしました。
「そうだ。そうすれば、お前達の骨を引っぱり延ばさなくてもいいから、わり合い早く済むのだ」
二人は顔を見合わせました。二人は猪や鹿の骨を背中に入れられるのは好きませんでしたけれども、一生片輪でいるよりもその方がいいので、
「では猪と鹿を買って来ます」
と云って、無茶先生の家を出ました。
豚吉とヒョロ子とは無茶先生の家を出て、この町の獣《けもの》市場に来ましたが、どこを探しても鹿だの猪だのを売っているところはありません。みんな牛だの馬だの犬だの豚だのばかりです。二人はしかたなしに市場の主人に会って、
「どこかここいらに、生きた鹿だの猪だのを売っているところは無いか」
と尋ねますと、主人は頭を振って、
「鹿や猪の肉を売っているところはありますけれども、生きたのを売っているところはありません。動物園になら居るかも知れませんけれど、あそこのは見物に見せるためで売るのではありませんからダメでしょう。しかし、一体そんなものをあなた方は何になさるのですか」
と尋ねました。二人はきまりがわるう御座いましたけれども、困っているところでしたからわけをすっかり話しまして、どうかして助かる工夫は無いものかと相談をしますと、主人は腹を抱《かか》えて笑い出しました。
二人はおこってここを出て行こうとしますと、市場の主人は又押し止《とど》めて、
「ちょっと待って下さい」
と云いました。
「この町から一里ばかり離れたところの村に神様があって、きょうがちょうどお祭りの筈です。そこには毎年いろんな見世物が来ますが、その中には獣《けもの》の見世物もあって、その中に猪や鹿も居る筈です。今年は来ているかどうかわかりませんが、行って御覧なさい。もしその見世物が居たら、お金さえ沢山出せば、ライオンでも象でも売ってくれるに違いないと思います。いっその事、あなた方は思い切ってライオンや象を買って、その骨を入れたら大きくて丈夫でよくはありませんか」
と又笑い出しました。
二人は腹が立ちましたけれども、折角いい事を教えてくれたのですから、御礼を云ってここを出まして、それから二人連れでエッチラオッチラ一里ばかり歩いてその村に来ますと、成る程、村中は大変な騒ぎで、今が祭りの最中です。
その中へ世にも珍らしい姿の夫婦がやって来たものですから、サア大変です。
「ヤア。見世物みたような珍らしい夫婦が来た」
というので、ワイワイワイワイ押しかけて来て、夫婦は歩くことも出来ません。
豚吉もヒョロ子も恥かしくなって逃げ出
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