に掛けてあった鞭《むち》を取ると、いきなり馬のお尻を力一パイ打ちました。
豚吉とヒョロ子を乗せた馬はヒョロ子にいきなり尻を打たれましたので、ビックリしてドンドン駈け出しますと、間もなく村を出てしまいました。
ところが豚吉は、今まで馬車がゆっくりあるいてさえ落ちそうであったのに、それが矢のように走り出したのですからたまりません。
「アッ。大変。お爺さん、馬車を止めてくれ。落ちそうだ落ちそうだ。助けてくれ。アブナイアブナイ」
とヒョロ子に獅噛《しが》み付きました。
ヒョロ子も一生懸命になって豚吉を落ちないように押えておりましたが、馬車が村を出ると間もなく、そこにあった道のデコボコに馬車が引っかかってガタンガタンとはね上る拍子《ひょうし》に、二人共抱き合ったまま馬車の屋根の上から往来へ転がり落ちました。
馬車屋のお爺さんの方は馬を引き止めようとして一生懸命に手綱を引っぱっていましたので、そのままドンドン駈けて行ってしまいました。
「ああ、危なかった」
と、豚吉はヒョロ子に助け起されながら云いました。
「ほんとに済みませんでした。私がいたずらをしたもんですから」
とヒョロ子はあやまりましたが、見ると自分の足もとに車屋さんの長い鞭が落ちています。
「アッ。これはさっきの車屋さんのだ。私が走って行って返して来ましょう」
とヒョロ子は駈け出しそうにしますと、豚吉は引き止めました。
「チョット待て。何だかたいそういいにおいがする」
「ほんとにおいしいにおいがしますね」
「ああ、おれはあの臭《におい》をきいたので、お腹がすっかりすいちゃった」
「まあ。あなたは喰いしんぼうね」
「だって、ゆうべから何もたべないんだもの」
「あたしなんか何日御飯をたべなくとも何ともないわ」
「おれあ日に十ペン御飯をたべても構わない。ああ、御飯がたべたい」
「そんな大きな声を出すものじゃありませんよ」
とヒョロ子は真赤になって止めました。
けれども、豚吉は鼻をヒョコヒョコさせながら、あたりを見まわしながらなおなお大きな声で云いました。
「このにおいは、御飯のにおいと、葱《ねぎ》と豆腐のおみおつけの臭《におい》だが、一体どこから来るのだろう」
「そんな卑《いや》しいことを云うもんじゃありません。よその朝御飯ですから駄目ですよ」
「イヤ。あれを見ろ。あの森のかげにめしや[#「めしや」に傍点]と書いて旗が出ている。あすこだあすこだ」
と云ううちに、ドンドン駈け出して、そのうちへ這入って行きました。
「まあ、何て意地のキタナイ人でしょう。さっきは疲れてあるけないと云っていたのに、今はあんなにかけ出して……しかたがない。私も一所に御飯をたべましょう」
と云いながら、ヒョロ子もあとからかけ出して行きましたが、門口まで来ると、又立ち止まって、軒の先にさっきの鞭《むち》をよく見えるようにつきさして中に這入って行きました。
見ると、先に這入った豚吉は葱と豆腐のお汁を熱い御飯にかけて、フウフウ云いながら一生懸命で掻き込んでいます。
「まあ。あなたは何てみっともないたべ方をするんでしょう。そんなことをして喰べると人に笑われますよ」
と云いながら座りましたが、やがてめしや[#「めしや」に傍点]のおかみさんが持って来たお汁と御飯を引き寄せますと、お汁をちょっと嘗《な》めまして、それからハンケチで口のまわりをよく拭いて、今度は御飯をほんの二粒か三粒ばかり固めて口の中に入れました。
夫婦はこんな風にして御飯をたべ初めましたが、豚吉の方はすぐに喰べてしまいましたけれども、ヒョロ子の方はなかなか済みません。やっぱり一粒か二粒|宛《ずつ》たべては、お汁をすこしずつ嘗《なめ》るばかりです。豚吉は初めのうちは我慢してジッと待っておりましたけれども、とうとう我慢しきれなくて冷かし初めました。
「お前はまあ何て御飯のたべ方をするんだ。そんなたべ方をしていると、今にお正午《ひる》になって、昼の御飯と一所になってしまうぞ」
これをきいたヒョロ子は、真赤になって豚吉を睨みました。
「黙っていらっしゃい。あなたのように牛か馬見たようなたべ方をするもんじゃありません。それに私は身体《からだ》が細長いから、御飯の通る道も当り前の人より細長いのです。あなたみたいにドッサリ口に入れたら、すぐに詰まって死んでしまうのです。私が死ぬのが厭《いや》なら温柔《おとな》しく待っていらっしゃい」
と、なかなか云う事をききません。豚吉は大きなあくびをして立ち上りました。
「ヤレヤレ大変なお嬢さんだ。待っているうちに、又お腹がすいて喰べたくなりそうだ。それじゃおれは外を散歩して来るから、ごゆっくり召し上れ」
と云って、裏の方へ出かけました。
豚吉は裏の方へ来て見ますと、ちょうど春で、野にはいろんな花が咲
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