から」
「いけないいけない。そんなことをしたらなお人に笑われる。それより休んだ方がいい。ああ、くたびれた」
「でも、あとから村の人が追っかけて来ますよ」
「虎が追っかけて来たって、おれはもう動くことが出来ない。休もう休もう」
 と云ううちに、そこの草の上にドタンと尻もちをつきました。
 ヒョロ子は困ってしまって、立ったまま四方を見まわしますと、ずっと遠方から馬車が一台来るのが見えました。ヒョロ子は喜ぶまいことか、大声をあげて、
「馬車屋サーン。早く来て頂戴よ――」
 とハンケチを振りました。
「何、馬車が来た」
 と豚吉も立ち上りましたが、背が低いので見えません。
「何だ、草ばかりで見えやしない」
「そんなことがあるもんですか。ソレ御覧なさい」
 と云ううちに、豚吉を抱えて眼よりも高くさし上げました。
「アッ、見えた見えた。オーイ、馬車屋ア――。早く来――イ」
 と豚吉も喜んでハンケチを振りました。
 これを見た馬車屋のおやじはビックリしました。
 大変に高い、大きな恰好をした人間が呼んでいる。早く行って見ようと思いましたので、馬の尻を鞭でたたいて宙を飛ばしてかけつけました。
「やあ、これあ珍しい御夫婦だ。おれああんた方のような珍らしい御夫婦は初めて見た。どうもえらく高い人だな。別嬪《べっぴん》さんの方はまるで棹《さお》のようだ。それに又、旦那様の肥って御座ること、どうだ。まるで手まりのようだ」
 と馬車屋は大きな声で云いながら近寄って来ましたので、夫婦は真赤になってしまいました。
「あたしはこんな馬車屋さんの馬車には乗らない。今にどんなことを云ってひやかすかわからないから」
 とヒョロ子は云いました。
「馬鹿を云え。一所に乗って行かなければ何にもならないじゃないか……。どうだい、馬車屋さん。これから町まで倍のお金を払うから、大急ぎで乗せて行ってくれないか」
 と云いました。
 馬車屋は大きな手をふって云いました。
「滅相な。お金なんぞは一文も要りません。あんた方のような珍らしい夫婦を乗せるのは一生の話の種だ。さあさあ、乗ったり乗ったり」
 と云ううちに、馬車のうしろの戸をあけてくれました。
 ところが、その入り口が小さいので、豚吉の肥った身体《からだ》がどうしても這入りません。しかたがありませんから、馬車の前の馭者台《ぎょしゃだい》の処にお爺さんと並んで乗って、ヒョロ子だけ中に這入らせようとしますと、天井が低いので、ヒョロ子がしゃがんでも頭が支《つか》えます。そればかりでなく、豚吉が右側に乗ると馬車が右に引っくり返りそうになり、左に乗ると左側の車の心棒が曲りそうになります。
「これあ大変なお客様だ。折角|無代価《ただ》で乗ってもらおうと思っているのに、二人共乗れないとは困ったな」
「おれも乗りたいけれども、これじゃ仕方がない」
「もうよしましょうや。あなたも些《すこ》し辛棒しておあるきなさいよ」
 こんなことを云っているうちに、馬車屋のお爺さんは不意に手をポンとたたいて、
「うまいことを思い付いた。二人とも馬車の屋根に乗んなさい。私がソロソロあるかせるから」
「ウン、それはいい思い付きだ」
 と豚吉もよろこびました。けれども背が低いので登ることが出来ません。
 それを見たヒョロ子は、イキナリ豚吉をうしろから抱《かか》えて、ヒョイと馬車の屋根に乗せまして、自分も飛び上がりました。
 馬車屋のお爺さんはビックリして眼をまん丸にしていました。
 馬車が動き出すと、屋根の上がまん丸くなって今にも落ちそうになりますので、夫婦はしっかり抱き合っていなければなりません。
 そのうちに一つの村に来ますと、サア大変です。村の入り口に遊んでいた子供たちがすぐに見つけて、
「ヤア。定《さだ》っぽの馬車の上に長い長い女と短い短い男と乗っている。おもしろいおもしろい」
 と村へ走って帰りましたので、ちょうど朝御飯をたべていた人達は、皆一時に表に飛び出しました。見ると成る程、今までに見たことのない奇妙な夫婦が、馬車の上に乗ってソロリソロリとやって来ますので、皆不思議がってワイワイ云い初めました。
「珍らしい夫婦だな」
「兄妹《きょうだい》だろうか」
「女の方は飴《あめ》の人形を引き延したようだ」
「男の方はまるで踏《ふ》み潰《つぶ》したようだ」
「どこへ行く人だろう」
「都へ見世物になりに行くんだろう」
「見世物になったら大評判だろうな」
「今なら無料《ただ》だ」
「ヤア無料《ただ》の見世物だ。みんな、来い来い。世界一の珍らしい夫婦だ。無料《ただ》だ無料だ」
 馬車の上からこれをきいた豚吉夫婦は真赤になって憤《おこ》りましたが、今にも屋根から落ちそうなのでどうすることも出来ません。
 けれどもヒョロ子はとうとう我慢し切れなくなって、馬車屋のお爺さんの横
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