んだら又死なぬ」
「イヤア、こいつは面白い。素敵だ素敵だ」
と、酔っ払った豚吉がまっ先にドタドタ踊り出しますと、宿屋の主人もお神さんも、番頭や女中や子供までも、酔っ払ってはねまわります。しまいにはヒョロ子まで立ち上って、無茶先生のまわりをぐるぐるまわりながらヒョロリヒョロリと踊ってゆきます。大変な騒ぎです。
しかも一まわり歌が済む度毎《たびごと》に、無茶先生はお茶碗で一ぱい宛《ずつ》みんなにお酒を飲ませますので、酔っ払った人たちはなおのこと酔っ払って踊ります。そのうちにみんな疲れてヘトヘトになって、あっちへバタリ、こっちへバタリたおれて、とうとうみんな動けなくなってしまいまして、みんな虫の息で、
「もう、とてもお酒は飲めませぬ」
「踊りも踊れませぬ」
「早く死なないようにして下さい」
と頼みました。
その様子を見ると、無茶先生は歌をやめて、腹をかかえて笑い出しました。
「アハハハハ……面白かった。とうとうみんなおれに欺されて、動くことが出来なくなったな。それでは一つ死なないようにしてやろうか」
と云いながら、鞄の中から鉄槌《かなづち》を一つ取り出しました。
それを見ると豚吉は驚いて尋ねました。
「その鉄槌で何をなさるのですか」
「これでみんなの頭をたたき割って殺して終《しま》うのだ。いいか。一度死んでしまえば、今度はお前たちの望みどおりいつまでも死なないのだぞ。サア、覚悟しろ」
と云うや否や鉄槌をふり上げて睨みつけますと、酔っ払って動けなくなっていた宿屋の主人もお神さんも、番頭も女中も子供も一時に飛び起きて、
「ワア。人殺し」
と叫ぶと、吾れ勝ちに梯子段のところへ来て、あとからあとから転がり落ちて逃げてゆきました。只あとには、豚吉とヒョロ子だけが残っております。
無茶先生は豚吉のそばへ寄りまして、
「ウム、感心感心。貴様はこの鉄槌でなぐられたいのか」
と云いますと、今まで真赤に酔っていた豚吉は、真青になってふるえながら拝みました。
「オ、オ、お助けお助け。ワ、ワ、私は、コ、コ、腰が抜けて、ウ、ウ、ウ、ウ、ウ、動かれないのです」
と涙をポロポロこぼしました。
「ワハハハハハ。いつも意久地《いくじ》の無い奴だ。じゃあヒョロ子、お前はどうしたんだ。やっぱり腰が抜けたのか」
とゆすぶって見ましたが、もうグーグーとねむってしまって返事もしません。
「アハハハハ。そんなに沢山飲みもせぬのにヒドク酔っ払ったな。よしよし。そのまんま寝ていろ。コレ、豚吉、心配するな。今云ったのはおどかしだ。お前たちを殺そうなぞと俺が思うものか。出来ないことを頼むから、ちょっと胡魔化《ごまか》して踊らせてやったのだ」
「エッ。それじゃ今のは冗談ですか」
「そうだとも」
「ああ、安心した。それじゃもっとお酒を飲みます」
「サア飲め、沢山ある。おれも飲もう」
と、二人で樽を抱えてグーグー飲んでいるうちに、いつの間にか酔い倒れてしまいました。
やがて夜が更けて、家中が静かになって鼾《いびき》の声ばかりきこえるようになりますと、表の方へゾロゾロゾロゾロと沢山の靴の音がきこえて来ましたが、その時ふッと眼をさました無茶先生が、何事かと思って雨戸のすき間からのぞいて見ますと、それは隣の町から無茶先生たちを捕えに来た兵隊の靴の音で、見る見るうちに三人の泊っている宿屋は兵隊に取り巻かれてしまいました。しかもその兵隊達はみんな、無茶先生の香水を嗅がせられて嚔《くしゃみ》の出ないように、鼻の上から白い布片《ぬのきれ》をかぶせて用心をしています。
それを見ると無茶先生は可笑《おか》しいのを我慢しながら、
「よしよし。きのうおれに香水を嗅がされて死にそうになったので、魔法使いだと思って捕えに来たのだな。しかも鼻ばかり用心して来るなんて馬鹿な奴だ。そんならも一度驚かしてやる」
と独言《ひとりごと》を云って、鞄の中から小さな瓶を取り出して、中に這入っていた粉薬を傍《そば》にあった火鉢の灰の中へあけて、スッカリ掻きまわしてしまいました。
それから今度は下へ降りて、宿屋の台所へ行って塩を沢山と、物置へ行って六尺棒を一本と、大きな鋸《のこぎり》を一梃と、縄の束を一把と取って、又二階へ帰りますと、何も知らずに寝ているヒョロ子と豚吉にシビレ薬を嗅がせ初めました。
宿屋を取り巻いた兵隊達は、鼠一匹逃がすまいと鉄砲を構えて待っております。
その中の大将は、出来るだけそっと表の戸をコジあけさせて、兵隊を四五人連れて宿屋の中に這入って、主人の寝ている枕元に来ますと、靴の先でコツコツと蹴って起しました。
お酒に酔っていい心持ちで寝ていた宿屋の主人は、何事かと思って眼をさましますと、自分の枕元に怖い顔をした大将と、鉄砲を持った兵隊が四五人立っていますので、夢ではないかと眼を
前へ
次へ
全30ページ中19ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
三鳥山人 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング