側から横ッ面をポカーンとなぐりつけますと、眼をまわしていたお神さんはパッと眼をさまし、そこいらをキョロキョロ見まわしておりましたが、
「アラ。私の頭の痛いのが治ったよ。まあ、何という不思議なことでしょう。ほんとに無茶先生、有り難う御座いました」
 と大喜びでお礼を云って降りて行きました。
 この様子を見ていた宿屋の主人は、もう無茶先生のエライのに肝を潰してしまいました。
「ああ、ビックリしました。先生は何というエライお方でしょう。それではお序《ついで》に私の息子の病気も治していただけますまいか」
「フーン。貴様の息子の病気は何だ」
「ヘエ。私の息子の病気は、いつもお腹が痛いお腹が痛いと云うて学校を休むのです。どんなお医者に見せても治りません」
「そうか。それはわけはない。おれが見なくとも病気はなおる」
「ヘエ。どうすればなおります」
「朝の御飯を喰べさせるな」
「そうすればなおりますか」
「そればかりではいけない。昼のお弁当を息子に持たせずに、学校の先生の処へお使いに持たしてやれ。どんなことがあっても朝御飯と昼御飯をうちで喰べさせるな。そうすればお腹が空《す》くからイヤでも学校に行くようになる」
「成るほど。よくわかりました」
「サア。酒をもう一斗持って来い」
「ヘイ、只今持って来させます。それでは序《ついで》に私のおやじがカンシャク持ちで困りますから、それも治して下さいませ」
「よしよし、つれて来い」
 こうして無茶先生は家《うち》中の者の病気をみんな治してやりました。
 先ずおやじのカンシャク頭は、テッペンをクリ抜いて蓋をするようにして、憤《おこ》った時はその蓋を取ればなおるようにしてやりました。
 お婆さんの禿頭《はげあたま》は、頭の上を掻きむしって、毛の種を蒔《ま》いてやりました。
 娘の低い鼻は、鼻の穴に突っかい棒を入れて高くしてやりました。
 女中の居ねむりは、着物の襟にトゲを縫いつけて、うつむくと痛いように仕かけてやりました。
 下男の腰が痛いのは、腰の処に太い鉄の釘を打ち込んで丈夫にしてやりました。
 こうしてみんなの病気を治してやりましたので、無茶先生のまわりに大きい、小さいお酒の樽がいくつも積まれました。
「もう病人は居ないか」
 と無茶先生が云いますと、宿屋の主人は畳にあたまをすりつけて、
「ありがとう御座います。この上はこの家《うち》中のものがみんな死なないようにして下さいませ」
 といいました。
「ウン、そうか。それは一番|易《やす》いことだ」
 と無茶先生は笑いながら云いました。
「サア。みんな、ここへ来て並べ」
 と家《うち》中のものを眼の前に呼び寄せて、ズラリと並ばせました。
「サア、どうだ。みんな、死なないようにしてもらいたいか」
 と尋ねますと、みんなそろって畳に頭をすりつけて、
「どうぞどうぞ死なないようにして下さいませ」
 と拝みました。無茶先生は大威張りで、
「よし。そんなら何万年経ってもきっと死なないようにしてやる。その代り、おれの云うことをみんなきくか」
「ききますききます。私もどうぞヒョロ子と一所に何万年経っても死なないようにして下さい」
 と、豚吉まで一所になって拝みました。
 無茶先生は大笑いをしまして、
「アハハハハハ。貴様たちもそんな片輪でいながら死にたくないか。よしよし、それではみんなと一所におれの云うことをきけ。いいか。今からおれが歌うから、貴様たちはみんなそれに合わせて手をたたいて踊るのだ。その踊りが済めば、おれが一人一人に死なないように療治をしてやる」
 と云いながら、無茶先生は又一つの樽に口をつけて、中のお酒をグーッと飲み干します。と今度はその次の樽をあけて、みんなに思う様《さま》飲ませました。中にはお酒の嫌いなものもありましたが、無茶先生のお医者が上手なことを知っておりますから、これを飲んだら死なないようになるに違いないと思いまして、一生懸命我慢してドッサリ飲みましたので、みんなヘベレケに酔っ払ってしまいました。そうして無茶先生に、
「早く歌を唄って下さい。踊りますから」
 と催促をしました。
 無茶先生は拳固《げんこ》で樽をポカンポカンとたたきながら、すぐに大きな声で歌い出しました。
「酒を飲め飲め歌って踊れ
 人の生命《いのち》は長過ぎる

 生れない前死んだらあとは
 何千何万何億年が
 ハッと云う間もない短さを
 生きている間に比べると

 人の生命《いのち》の何十年は
 長くて長くてわからぬくらい
 飲めや飲め飲め歌って踊れ
 人の一生は長過ぎる

 生れてすぐ死ぬ虫さえあるに
 人の一生はちと長過ぎる
 酒を飲め飲め歌って踊れ
 飲んで歌って踊り死ね

 サッサ飲め飲め死ぬ迄飲めよ
 サッサ歌えや死ぬまで歌え
 サッサおどれよ死ぬまで踊れ
 一度死
前へ 次へ
全30ページ中18ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
三鳥山人 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング