ものも地びたに手を突いて一生けんめいお詫びをしました。
 それを見ると無茶先生はうなずいて、
「よしよし。それなら貴様たちからこの宿屋の主人に頼んで、おれたちを泊めてくれるようにしろ」
 と云いました。
 宿屋の主人はこの時まで、自分のおかみさんや子供達が真黒になって泣いているのを見て、ボンヤリ突立っておりましたが、忽ちピストルを取り落すと、無茶先生の前に跪《ひざまず》いて、真黒な顔を畳にすり付けながら、
「どうぞどうぞお泊り下さいお泊り下さい」
 とピョコピョコお辞儀をして、手を合わせて拝みました。それを見ると無茶先生は大威張りで、
「それ見ろ。おれの云う通りだ。そんなら泊ってやるからうんと御馳走するのだぞ」
「ヘイヘイ。どんな御馳走でもいたします」
「よし。それじゃ教えてやる。みんなの顔が黒くなったのは、この煙草の脂《やに》がくっついたのだ。だからお酒で洗えばすっかり落ちてしまう。サア、おれたちにもお酒を入れた風呂を沸《わ》かしてくれ。そうして、おれには特別にあとでお酒を沢山に持って来い。この煙草を吸ったので腹の中まで真黒になったから、お酒を飲んで洗わなくちゃならん。サア、豚吉も来い。ヒョロ子も来い」
 と、大威張りでこの宿屋の一番上等の室《へや》へ通りました。
 無茶先生のおかげで豚吉とヒョロ子はやっと宿屋へ泊りましたが、宿屋の主人が大急ぎで沸かしましたお酒のお風呂で身体《からだ》を洗いますと、三人とももとの通りの姿になりました。又、ほかのものもみんな、無茶先生から教《おそ》わった通りにお酒で顔を洗って、もとの通りの白ん坊になりましたので大喜びで、無茶先生の不思議な術に誰もかれも驚いてしまいました。
 それを見た無茶先生は威張るまいことか、宿屋の主人が出した晩御飯の御馳走を喰べながら、豚吉と一緒にお酒を飲んで酔っ払って、大きな声で自慢を初めました。
「どうだ、みんな驚いたか。おれは当り前のお医者とは違うんだぞ。病気やなんか治すよりも、もっともっとえらいことが出来るんだぞ」
 これを聞くと、無茶先生と一緒にお酒を飲んでいた豚吉も威張り出しました。
「おれは、きょう、兵隊が千人と巡査が一万人と消防が十万人、町の者が十万人で向って来たのをみんな追い散らして来たんだぞ」
 これを聞いたヒョロ子はビックリしまして、
「そんなことを云うものじゃありません。もしこの町の巡査さんや兵隊さんがそれを聞いて、捕まえに来たらどうします」
 と叱りました。けれども豚吉は平気なもので、なおの事大きな声を出して云いました。
「ナアニ。大丈夫だ。その時は又無茶先生に追い払ってもらうのだ」
 と、つい本当のことを云いましたので、無茶先生もヒョロ子も腹を抱えて笑いました。
 けれども宿屋の主人は何も知りませんので、いよいよ感心して驚いてしまいました。
「ヘエー。それはえらいお方ばかりですな。それじゃ無茶先生は当り前の病気ぐらいは訳なくお治し下さるで御座いましょうな」
 と尋ねました。
 無茶先生はやはり真裸《まっぱだか》のまんま、ガブガブお酒を飲みながら大威張りで答えました。
「おお。どんな病気でも治してやる。その代り一人治せばお酒を一斗|宛《ずつ》飲むぞ」
「それじゃお酒を一斗差し上げますから、私の妻《かない》の病気を治して下さいませぬか」
「どんな病気だ」
「何だかいつも頭が痛いと申しまして、御飯を食べる時のほか寝てばかりおりますが、どんなお医者に見せましても治りませぬ」
「よし、すぐに連れて来い」
「かしこまりました」
 と、亭主は無茶先生たちの居る二階を降りてゆきましたが、間もなく手拭で鉢巻きをしたお神さんをおぶっこして上って来て、無茶先生の前にソッと卸しました。そのあとから上って来たさっきの番頭は、お酒を一斗樽ごと抱えて来て無茶先生の前に置きました。
 無茶先生はその樽の栓を取ると、両手に抱えてグーグーグーグー一息に呑み初めましたが、やがて飲んでしまいますと、
「アー。久し振り樽ごとお酒を飲んで美味《うま》かった。ドレ、お神さん。顔を見せろ」
 とお神さんの顎に手をかけて顔をジッと見ておりましたが、忽ち割れ鐘のような声で笑い出しました。
「アアアアアア。なるほど、頭が痛そうな顔をしているな。コレ、お神さん。お前はなあ、あんまり主人に我儘《わがまま》を云ったり、番頭や丁稚《でっち》を叱りつけたりするから頭が痛いんだぞ。しかし、その病気はすぐなおるから心配するな。これから頭が痛い時はすぐに、主人にこうしてもらえ」
 と云ううちに、右の手で岩のような拳固《げんこ》を作って、お神さんの右の横面《よこつら》をグワーンとなぐりつけました。お神さんは、
「ギャッ」
 というなり眼をまわして、左の方へたおれかかりました。そこで無茶先生は今度は左の拳骨を固めて左
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