こすって起き上りました。
その時大将は腰のサーベルを見せながら、
「大きな声を出すと斬ってしまうぞ。只おれが尋ねることだけ返事しろ。貴様の処には髪毛や髭を蓬々と生やした真裸《まっぱだか》の怖い顔の男と、背の高い女と低い男の三人が昨夜から泊まっているだろう」
「ヘヘイ」
と、宿屋の主人は寝床の上に手を突いて、ふるえながら返事をしました。
「その三人をおれたちは捕えに来たのだ。さあ、そいつどもの居る室に案内をしろ」
「カ、カシコマリマシタ」
と、宿屋の主人はガタガタふるえながら立ち上って、階段を先に立って上りました。
大将はサーベルをギラリと抜いて兵隊に眼くばせをしますと、兵隊も鉄砲に剣をつけてあとから上って行きました。
そうして三人の寝ている室の前まで来ますと、主人も大将も兵隊達もめいめいに室の裏と表にわかれて、戸や障子のすき間から中の様子をのぞきましたが、みんなハッと肝を潰しました。
無茶先生は、睡っているヒョロ子と豚吉を二人共丸|裸体《はだか》にして、手は手、足は足、首は首、胴は胴に鋸でゴシゴシ引き切って、塩をふりかけて、傍にある空樽の中へ漬物のように押しこんでいます。そうして、一つの樽が一パイになると、又次の樽に詰めて、六つの樽を一パイにしますと、それぞれに蓋をして縄で縛り上げて、二つにわけて六尺棒の両端に括《くく》り付《つ》けました。
それから鞄から眼鏡を取り出してかけると、その鞄も一所に棒にくくり付けてしまって、火鉢の傍にドッカリと座りながら、
「サア来い。エヘンエヘン」
と咳払いをしました。
大将はこの様子を見るといよいよ驚き怖れましたが、思い切って大きな声で、
「サア、皆。魔法使いを捕えろッ」
と怒鳴りますと、四五人の兵隊は一時に室の裏表からドカドカと飛び込みましたが、無茶先生は驚きません。大きな声で笑いました。
「アハハハ。何だ、貴様たちは」
「兵隊だ」
「何しに来た」
「貴様たち三人を捕まえに来た」
「お前たちの鼻の頭にかぶせた布片は何だ」
「これは昨日《きのう》のように貴様に香水を嗅がせられない要心だ」
「アハハハハ。いつおれが貴様たちに香水を嗅がせた」
「この野郎。隠そうと思ったって知っているぞ。貴様は無茶先生だろう」
「馬鹿を云え。おれは塩漬け売りだ。この通り荷物を作って、夜が明けたらすぐに売りに出かけようとするところだ。第一、貴様たち三人を捕えに来たと云うが、この室中にはおれ一人しか居ないじゃないか。ほかに居るなら探して見ろ」
と睨み付けました。その時
「嘘だッ」
と雷のように怒鳴りながら大将が飛び込んで来ました。
飛び込んで来た大将は刀をふり上げながら、無茶先生をグッと睨み付けました。
「この嘘|吐《つ》きの魔法使いめ。貴様が今しがた人間を塩漬けにしていたのを、おれはちゃんと見ていたぞ。そうして、一人しか居ないなぞと胡魔化そうとしたって駄目だぞ」
「アハハハハ。見ていたか」
と無茶先生は笑いました。
「見ていたのなら仕方がない。いかにもおれは自分が助かりたいばっかりに、二人の仲間を殺して塩漬けにしてしまった。サア、捕えるなら捕えて見ろ」
「何をッ……ソレッ」
と大将が眼くばせをしますと、大将と兵隊は一時に無茶先生を眼がけて斬りかかりましたが、彼《か》の時遅くこの時早く無茶先生が投げた火鉢の灰が眼に這入りますと、大将も兵隊も忽ち眼が見えなくなって、一時に鉢合せをしてしまいました。
「これは大変」
と逃げようとしましても逃げ道がわかりません。壁や襖《ふすま》にぶつかったり、樽に躓《つまず》いたりして、転んでは起き、起きては転ぶばかりです。
「ヤアヤア。大変だ大変だ。又魔法使いの魔法にかかった。みんな来て助けてくれ助けてくれ」
と大将が叫びますと、無茶先生も一所になって、
「助けてくれ助けてくれ。みんな来いみんな来い」
と叫びます。
これを外できいた兵隊たちは、
「ソレッ」
と云うので吾れ勝ちに家《うち》の中へ駈け込んで、ドンドン二階へ上って来ましたが、みんな無茶先生から灰をふりかけられて盲になってしまいます。そうして、とうとう家中は盲の兵隊で一パイになってしまいました。
「サア、どうだ。みんな眼が見えるようになりたいなら、静かにおれの云うことをきけ」
と、その時に無茶先生が怒鳴りますと、今まで慌《あわ》て騒《さわ》いでいた兵隊たちはみんな一時にピタリと静まりました。
「いいか、みんなきけ。今から一番|鶏《どり》が鳴くまでじっと眼をつぶっていろ。そうすれば眼が見えるようになる。おれはこれから二人の塩漬けの人間を生き上らせに行くんだ。邪魔をするとおれの屁《へ》の音をきかせるぞ。おれの屁の音をきくと、耳がつぶれて一生治らないのだぞ。ヤ、ドッコイショ」
と云ううちに、二
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