もう、ルルの顔をあおぎながら、その音《ね》が聞こえるようにため息をしました。ルルも一所にため息をしました。
「ミミや。そうしてあの鐘が鳴ったなら、村の人はきっと私たちを可愛がって、二度と再び湖の底へはゆけないようにしてしまうだろうねえ」
「まあ。お兄様はそれじゃ、湖の底へお帰りになりたいと思っていらっしゃるの……」
ルルはうなずいて、又一つため息をしました。そうして又も涙をハラハラと落しました。
「ああ。ミミや。わたしはあの鐘の音《ね》をきくのが急に怖くなった。村の人に可愛がられて、湖の底へ又行くことが出来なくなるだろうと思うと、悲しくて悲しくてたまらなくなった。私は湖の御殿へ帰りたくて帰りたくてたまらなくなったのだ。私は死ぬまであそこの噴水の番がしていたくなったのだ」
「それならお兄様……あの鐘の音《ね》はもうお聴きにならなくてもいいのですか……お兄様……ききたいとはお思いにならないのですか」
「ああ。そうなんだよ、ミミ……だから、お前は私の代りにも一度一人で村へ帰って、あの鐘を撞いてくれるように村の人に頼んでくれないか。あの鐘はルルの作り損いではありませんと云ってね。それから兄さんのところへお出で……兄さんはその鐘の音《ね》を湖の底できいているから……お前の来るのを待っているから……」
といううちに、ルルは立ち上って湖の中に飛びこもうとしました。
「アレ。お兄さま、何でそんなに情ないことをおっしゃるの……それならあたしも連れて行ってちょうだい」
と、ミミは慌ててルルを抱き止めようとしました。そうすると、不思議にもルルの姿は煙のように消え失せてしまいました。船も……お月様も……湖も……村の影も……朝靄も消え失せて、あとにはただ何とも云われぬ芳ばしいにおいばかりが消え残りました。
ミミはオヤと思ってあたりを見まわしました。見ると、ミミは最前のまま湖のふちの草原《くさはら》に突伏して、花の鎖をしっかりと抱きしめながら睡っているのでした。今までのはすっかり夢で、待っていたお月様は、まだようようにのぼりかけたばかりのところでした。そうして湖の水はやっぱりもとの通り黒いままでした。
ミミはワッとばかり泣き伏しました。泣いて泣いて、涙も声も無くなるほど泣きました。女王様の言葉を思い出しては泣き、ルルの顔を思い出しては泣き、ルルと抱き合って喜んだ時の嬉しさを思い出してはあたりを見まわしました。
けれども、あたりにルルの姿は見えませんでした。ただミミが花を摘んでしまった春の草が、涙のような露を一パイに溜めて、月の光りをうつしながらはてしもなく茫々茂っているばかりでした。
それを見て、ミミはまた泣きつづけました。
その中《うち》にお月様はだんだんと空の真ん中に近づいて来ました。ミミも泣き止んで、そのお月様をあおぎました。
「ああ、お月様。今まで見たのは夢でしょうか、どうぞ教えて下さいませ」
けれどもお月様は何の返事もなさいませんでした。
ミミは涙を拭いて立ち上りました。露に濡れた草原《くさはら》を踏みわけて、お寺の方へ来ました。そうして鐘撞き堂まで来ると、空高く月の光りに輝いている鐘を見上げました。
「あの鐘を撞いて見ましょう。あの鐘が鳴ったなら、睡蓮が教えたことはほんとうでしょう。湖の底の御殿もあるのでしょう。女王様のお言葉もほんとうでしょう。お兄さまもほんとうにあそこで待っていらっしゃるでしょう。……あの鐘を撞いてみましょう……」
ミミが撞いた鐘の音《ね》は、大空高く高くお月様まで……野原を遠く遠く世界の涯まで……そうして、湖の底深く深く女王様の耳まで届くくらい澄み渡って響きました。
お寺の坊さんも、村の人々も、子供までも、みな眼をさましたほど、美しい、清らかな音《ね》が響き渡りました。
ミミは夢中になって喜びながら、お寺の鐘撞き堂を駈け降りました。
「ああ……夢ではなかった。夢ではなかった。お兄様はほんとうに湖の底に待っていらっしゃる。
妾《わたし》が来るのを待っていらっしゃる。
ああ、嬉しい。ああ、嬉しい。妾はもうほんとうにお兄様に会えます。そうして、もう二度と再び離れるようなことはないのです。ああ、うれしい……」
こう云ううちに、ミミは最前の花の鎖のところまで駈けもどって来ました。その花の鎖の端を両手でしっかりと握って、静かに湖の底へ沈んでゆきました。――空のまん中にかかったお月様をあおぎながら……。
村中の人々は鐘の音に驚いて、老人《としより》や子供までみんなお寺に集まって来ました。お寺の坊さんと一所になって、どうしたのだろうどうしたのだろうと話し合いましたが、誰が鐘を打ったのか、どうして鐘が鳴ったか、知っているものは一人もありませんでした。
そのうちに鐘撞き堂の石段に、ミミの露に濡れた小さな足
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