《のち》何万年経ってもこの水は濁らない……村にわるいことも起らないのだ……と思うと、ルルは嬉しくてたまりませんでした。その嬉しさに、疲れた身体《からだ》を踊らせながら女王様の前に帰って来ました。
その時にルルは、今までにない美しい御殿の様子に気が付きました。
御殿の大広間は夜光虫の薄紫の光りで夢のように照らされておりました。広い広い部屋一パイに飾られた水艸《みずくさ》の白い花は、ほのかな香《にお》いを一面にただよわせておりました。
その中に群あつまる何万とも何億とも知れぬ魚の数々。その奥の奥に見える紫水晶の階段。その上に立っていられる女王様のお姿。
そうして今一人の美しい女の子の姿……ミミ……。
ルルは思わず壇の上に駈け上ってミミを抱きました。ミミもしっかりとルルの首に獅噛《しが》み付きました。
今まで虹のようにジッと並んでいた数限りない魚の群は、この時ゆらゆらと動き出しました。青、赤、紫、緑、黄色、銀色、銅色、黄金《こがね》色と、とりどり様々の色をした魚が、同じ色同志に行列を作って、縞のようになったり、渦のようになったりしました。又は花の形を作ったり、鳥の形を作って見せたり、はては皆一時に入り乱れて、一つ一つに輝きひるがえる美しさ。その間を飛びちがい入り乱れる数知れぬ夜光虫の光り。それは世界中が金襴《きんらん》になって踊り出すかのようでした。
ルルとミミは抱き合ったまま、夢のように見とれていました。その前に数限りない御馳走が並びました。
月の光りはますます明るく御殿の中にさし込みました。そうして、女王様の嬉しそうなお顔やお姿を神々《こうごう》しく照し出しました。
そのうちに月の光りが次第次第に西へ傾いてゆきました。ルルとミミの陸《おか》へ帰る時が来ました。
ルルとミミは女王様から貸していただいた、大きな美しい海月《くらげ》に乗って、湖の御殿の奥庭から陸《おか》の方へおいとまをすることになりました。
女王様はルルとミミを今一度抱きしめて頬ずりをされました。そうして、こんなお祈りをされました。
「この美しい兄妹《きょうだい》は、この後どんなことがありましても離れ離れになりませぬように」
ルルもミミも女王様が懐かしくなりました。何だかいつまでもこの女王様に抱かれて、可愛がっていただきたいように思って、涙をホロホロと流しました。
けれども女王様は二人をソッと抱き上げて、海月の上にお乗せになりました。
「海月よ。お前は絶えず光りながら、この兄妹《きょうだい》を水の上まで送り届けよ。そうして、悪い魚が近付かないように毒の針を用意して行けよ」
海月は黙って浮き上りました。
咲き揃った水藻《みずも》の花は二人の足もとを後《うしろ》へ後へとなびいてゆきました。御殿の屋根は薔薇色に、または真珠色に輝きながら、水の底の方へ小さく小さくなってゆきました。宝石をちりばめたような海月の足の下へ……。
「ネエ、ルル兄さま!」
「ナアニ……ミミ」
「女王様は何だかお母様のようじゃなかって」
「ああ、僕もそう思ったよ」
「あたし、何だかおわかれするのが悲しかったわ」
「ああ、僕もミミと二人きりで湖の底にいたいような気もちがしたよ」
こんなことを二人は話し合いました。そうして二人は抱き合って、海月の足の下をのぞきながら、何遍も何遍も女王様のいらっしゃる方へ「左様なら」を送りました。
ルルとミミが湖のおもてに浮き上ったところには、美しい一艘の船が用意してありました。その上にルルとミミは乗りうつりました。
「海月よ。ありがとうよ。ルルとミミが心から御礼を云っていたと、女王様に申し上げておくれ」
海月はやはりだまって、ユラユラと水の底に沈んで行きました。兄妹《きょうだい》は舷《ふなべり》につかまって、その海月の薄青い光りが、水の底深く深く、とうとう見えなくなってしまうまで見送っておりました。
お月様は今、西に沈みかけていました。かすかに吹き出した暁の風が、二人の船を陸《おか》の方へ吹き送りはじめました。
湖の面《おもて》には牛乳のような朝靄《あさもや》が棚引きかけていました。その上から、まだ誰も起きていないらしい、なつかしい故郷の村が見えました。その村のお寺の鐘撞き堂に小さく小さくかすかにかすかに光る鐘……ルルはそれをジッと見つめていましたが、その眼からどうしたわけか涙がポトポトとしたたり落ちました。
「まあ。お兄さま、どうなすったの。なぜお泣きになるの……」
ルルはしずかにふりかえりました。
「ミミや。お前は村に帰ったら、一番に何をしようと思っているの……」
「それはもう……何より先にあの鐘の音《ね》をききたいと思いますわ。あの鐘は今度こそきっと鳴るに違いないのですから……どんなにかいい音《ね》でしょう……」
と、ミミは
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