果ではなかったろうかと思われる。
 要するに健康そのもののようにガッチリと逞しい、声の太い、大きな爺さんであった。

          ◇

 稽古は二五八、三六九の日に分けて、四の日七の日十の日が翁の休日であったらしい。何かの都合で、その休みの日に行くと翁はセッセと野菜畑で働いていたりしたが、直ぐに足を洗って来て稽古をしてくれた。休み日だからといって決して悪い顔をしたり稽古を断ったりしなかった。
 初めて小謡を習いに行くと、翁は半紙を一帖出して自分で紙縒《こより》をひねって綴じる。それから墨を磨って表紙に「小謡」と書いて、その右下に弟子の姓名を書く。その一枚をめくって、
「サア、何がよかろうのう」
 なぞとニコニコ独言《ひとりごと》を云いながら、二句ぐらいの簡単な和吟に胡麻節《ごまふし》を附けたのを書いて投与える。それを畳の上に置いて待っていると、翁が机の横から這い出して来て真正面に座る。
「そうそう。チャンと両手を膝に置いて」
 とお行儀を教えながら二度程繰り返して附けてくれる。それでも出来ないと、蠅打の柄や、張扇で頭をピシャリとたたく事もあった。
 その次に来ると今一度謡わせら
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