ま、イクラ汗が眼に流れ込んでも瞬き一つしない。爛々と剥き出した眼光でハッタと景清を睨み据えたまま引返して舞台に入り、
「言語道断」
 と云った。その勢いのモノスゴかったこと。
「今日のような『大仏供養』を見た事がない」
 と楽屋で老人連が口を極めて賞讃したのに対し翁はタッタ一言、
「ウフフ。面白かったのう」
 と微笑した。昌吉氏はズット離れた処で装束を脱ぎながら、
「汗が眼に這入って困りましたが、橋がかりに這入ると向うの幕の間から先生の片眼がチラリと見えました。それなりけり気が遠うなって、何もかもわからんようになりました」
 と云って皆を笑わせていた。

          ◇

 或る時中庄の只圓翁の舞台で催された月並能で、大賀小次郎という人が何かしら大※[#「やまいだれ+惡」、第3水準1−88−58]《おおべし》ものを舞った。
 その後シテの時にどこからか舞台に舞い込んで来た一匹の足長蜂が大※[#「やまいだれ+惡」、第3水準1−88−58]の面の鼻の穴から匐《は》い込んで、出口を失った苦し紛れに大賀氏の顔面をメチャメチャに刺しまわった。
 大賀氏は気が遠くなった。しかし例によって幕
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