ウンザリした。背後から筆者の肩を抱締めたまま筆者の耳の処に顔を持って来て、
「本気で、本気で投げんと不可《いか》ん。投げんと殺されるぞ。力一パイ。肩を外《はず》いて。そうそう」
というソノ息吹きの臭いこと。とても息苦しくてムカムカして来てしようがなかった。
◇
高弟梅津朔造氏の令息で、梅津昌吉という人が居た。今四谷の喜多宗家に居られる梅津兼邦君の父君であるが、翁の歿後は脇方専門のようになっていた。
元来無器用な人であったらしく、狂言から仕手方に転向した上村又次郎氏と共にいつも翁から叱られるので有名であったが、それでも屈せず撓《たゆ》まぬ勉強によって福岡地方で押しも押されもせぬ師家になられた事実が、同時に有名であった。
氏は、正直一途な性格で、あんまり翁から叱られて、真剣になり過ぎたらしく「虚眼」というのになってしまった。虚眼というのは、お能一番初まってから終るまで一時間か二時間の間、瞬きを一つもしないことで、昌吉氏が真白くクワッと眼を見開いて舞台の空間を凝視したままでいるのが、矢張り只圓翁門下一統の名物のようになっていた。
「昌吉は、あんまり一生懸命にな
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