でくれた。別に褒美を呉れるという事もなかったが、ほかの子供達とは違った慈愛の籠った叮嚀な口調で、
「あんたは『俊成忠度』じゃったのう。よしよし。おぼえておんなさるかの……」
 といった調子で筆者の先に立って舞台に出る。
「イヨー。ホオーホオー。イヨオー」
 と一声《いっせい》の囃子をあしらい初めるのであるが、それがだんだん調子に乗って熱を持って来ると、翁の本来の地金をあらわしてトテモ猛烈な稽古になって来る。私もツイ子供ながら翁の熱心さに釣込まれて一生懸命になって来る。
「そらそら。左手左手。左手がブラブラじゃ。ちゃんと前へ出いて。肱を張って。そうそう。イヨオー。ホオーホオー。ホオ。ホオウ」
「前途程遠し。思いを雁山の夕の雲に馳す」
「そうそう。まっと長う引いて……イヨー。ホオホオ」
「いかに俊成の卿……」
「ソラソラ。ワキは其様《そげ》な処には居らん。何度云うてもわからん。コッチコッチ」
 といった塩梅で双方とも知らず知らず喧嘩腰になって来るから妙であった。

          ◇

 翁は筆者のような鼻垂小僧でも何でも、真正面から喧嘩腰になって稽古を附けるのが特徴であった。
 張扇
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