の中の一人が正座した足趾《あしゆび》の先で拍子を取っているのを敏感な翁が発見した。
「コラコラ。お前は足の先で拍子をとり居ろうが」
その人は愕然《がくぜん》として色を失った。翁は怫然として言葉を続けた。
「拍子謡はならぬと云うのに何故コソコソと拍子を取んなさるか。其様《そげ》に拍子を取って謡いたいならほかの遊芸をば稽古しなさい。まっと面白かもんのイクラでもある」(桐山孫二郎氏談)
◇
度々筆者自身の事を書くので如何にも名聞がましくて気が差すが平にお許しを願いたい。
筆者の祖父は旧名三郎平、黒田藩の応接方で後、灌園と号し漢学を教えて生活していた。私は生れると間もなくからその祖父母の手一つで極度に甘やかして育てられたものであった。
祖父は旧藩時代から翁のお相手のワキ役を仰付られ、春藤流(今は絶えた)脇方の伝書聞書を持っていた。
そのせいか祖父灌園は非常というよりも、むしろ狂に近い只圓翁の崇拝者であった。筆者の父や叔父、親類連中は勿論のこと、同郷出身の相当の名士や豪傑が来ても頭ごなしに遣り付ける、漢学者一流の頑固な見識屋であったにも拘らず、翁の前に出ると、筆
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