焼けた翁の顔が五分芯のラムプに赤々と光る。
そこで例の一合足らずの硝子燗瓶が傾いて翁の顔がイヨイヨ海老色に染まる。ニコニコと限りなく嬉しそうにしている翁の前に筆者は頭を下げてお暇《いとま》をする。
「おお。御苦労じゃった。又来なさい」
◇
只圓翁は重い曲を容易に弟子に教えなかったばかりでなく、謡の中の秘伝、口伝はもとより、稽古の時に叱って直した理由なぞは滅多に説明しなかったらしい。後で質問しても、
「インマわかる。稽古が足らん稽古が足らん」
とか何とか追払われたものらしい。高足の人達が、
「私も老年になりましたから一つ何々のお稽古を……」
とか何とか云って甘たれかかっても、
「稽古に年齢《とし》はない。年齢は六十でも稽古は孩児《あかご》じゃ」
なぞと手厳しく弾付《はねつ》けられたという話が時折耳に這入った。又、
「ここのところはどういう心持ちで……」
なぞと大切な事を尋ねても、
「尋ねて解るものなら教える。尋ねずとも解る位にならねば教えてもわからぬ」
と面皮を剥《は》いで追っ払ったり、
「心持ちなぞはない。教えた通りに真直《まっすぐ》に謡いなさい。
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