ああ。まだ只圓先生はお元気そうな」
 と云い云い立佇《たちど》まって眺めたり、そのまま通り過ぎて行ったりした。翁の存在を誇りとして仰いでいた福岡人士の気持ちがよくわかる。
 翁は網打ちに行くといつもまだ日足の高いうちに自宅に帰って、獲れた魚の料理にかかる。
 大きいのは三寸位の本物の沙魚やドンク(ダボハゼの方言)の二三十位から、一寸にも足らぬハラジロの無数を、一々切出小刀で腹を割いて一列に竹串に刺し、行燈型の枠を取付けた白角い七輪のトロ火で焙《あぶ》り乾かして、麦稈《むぎわら》を枕大に束ねて筒切りにしたホテというもの一面に刺して天日に乾かす。乾くと水飴と砂糖と醤油でカラカラに煮上げて、十匹ぐらいずつ食膳に供する。何ともいえない雅味のある小皿ものであった。
 また俎板に残った臓腑は白子、真子を一々串の尖端《さき》で選り分けて塩辛に漬ける。これが又非常に贅沢な風味のあるものらしかった。
 翁自身は勿論、老夫人や女中も総がかりでこの仕末をする。筆者も翁の姪に当る荒巻トシ子嬢と二人で手伝った事があったが、ナカナカ面倒なのでじきに飽きてしまった。
 いよいよ獲物が片付く頃は日が暮てしまって、日に
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