のお能は下司下郎だけで芝居小舎ででも演《や》んなさい。神様の前に持って来る事はならぬ」と頑張って何と云っても聞かない。仲に立った人や宮世話人を手古摺《てこず》らせた事が毎度であった。(野中到氏その他数氏談)
◇
次のような例もある。
筆者が十二三歳の折、中庄の翁の舞台で先代松本健三翁の追善能が催された。
筆者はその時、「小袖曾我」のシテを承っていたが、筆者の装束を着けていた高弟の某氏(秘名)が筆者の小さなチンポコを指の先でチョイと弾じいた。筆者は直ぐに両手でそこを押えて、「痛い痛い」と金切声を揚げたので近まりに居た高弟諸氏がドッと笑い崩れた。
隣の居間から見ていた翁の顔色が見る見る変った。某氏を呼付けて非常な見幕で叱責した。
「楽屋を何と心得ているか。子供とはいえシテはシテである。シテは舞台の神様で能の守《まもり》本尊である。そのシテを戯弄するような不心得の者は許さぬ。直ぐに帰れ。一刻も楽屋に居る事はならぬ。装束は俺が付ける。帰れ帰れ」
といったような文句であったと思う。
某氏は平あやまりに詫まった。ほかの一緒に笑った人々も代る代る翁に取做《とりな》したので結局、翁の命令でその笑った四五人の中老人ばかりが、床几に腰をかけている筆者の前にズラリと両手を支えてあやまった。
「ただ今は存じがけもない御無礼を仕りまして……今後、決して致しませぬけに、何卒御勘弁を……」
筆者は弱った。どうしていいかわからないまま固くなって翁の顔を見た。翁はまだ眉を逆立てたまま向うから睨み付けていた。
◇
こんな風だったから翁が恐れられていた事は非常なものであった。実に秋霜烈日の如き威光であった。
能の進行中、すこし気に入らぬ事があると楽屋に端座している翁は眼を据えて、唇を一文字に閉じた怖い顔になりながらムクムクと立上って、鏡の間に来る。幕の間から顔を出して舞台を睨むと、不思議なもので誰が気付くともなく舞台が見る見る緊張して来る。
翁が物見窓から舞台を覗いている時は、機嫌のいい時である事がその顔色で推量されたが、それでも何となく舞台が引緊まって来た。囃子方の声や拍子が真剣になり、地謡に張りが附き、シテが固くなってヒョロヒョロしたから妙であった。実に霊験アラタカといおうか現金と形容しようか。子供心にも馬鹿馬鹿しい位であった。
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