従って、月の光りを便りに王宮へ帰って行った。
八 象牙《ぞうげ》の机
贋《に》せ藍丸王は狩場から宮中へ帰って、晩の御飯を済ますと直ぐに、家来に云い付けて、自分の室《へや》に新しい椅子を四ツ運ばせて、象牙の机の周囲《まわり》に並べさせた。それからお傍の者を遠ざけて自分独りになると、入り口の扉を固く閉めて、閂《かんぬき》を入れて、真暗になった中で一声高く――
「鸚鵡。鸚鵡。赤鸚鵡」
と叫んだ。
その声の終るか終らぬに、忽ち室《へや》の隅から真赤な光りが輝き出して、赤鸚鵡はさも嬉しそうに羽ばたきをしながら、室《へや》の真中の机の上に来たが、その眼の光りで室《へや》の中を見るとこは如何《いか》に……。今までこの室《へや》には藍丸王唯一人しか居なかった筈なのに、今見ると最前の森の中に居た四人の化け物――爺《じじ》と、女と、赤ん坊《ぼ》とクリクリ坊主とが、四ツの椅子に向い合って、ちゃんと腰を掛けていた。
その中でお爺さんが真先に皺枯《しゃが》れ声で口を利いた――
「どうだ、赤鸚鵡、嬉しいか。嬉しいか。いよいよこの国は俺達《おらたち》のものになった。これから何でも見たい、聞きたい、話したい、嗅ぎたい放題だ。ところでこれからどうすれば、この国に大騒動を起させて、珍しい事や面白い事に出会《でっくわ》す事が出来るか。赤鸚鵡よ、考えてくれ。お前は今の事ばかりでなく、行く末の事までも少しも間違わずに考える事が出来るのだから。先ず俺は石神の耳から現われたのだから、何でもかんでも聞くのが役目だ。何卒《どうか》面白い話を沢山聞かせてくれい」
と云った。するとその横に座っていた青い瘠せ女は直ぐにその言葉を打ち消した――
「イヤ。妾《わたし》は石神の眼から生れたもので、何でもかでも見るのが役目です。何卒《どうぞ》早く面白いものが見たい。赤鸚鵡よ、早く面白い珍らしいものを見せておくれ」
瘠せ女がこう云い切ってしまわぬうちに、今度は向側《むかいがわ》に居た、赤膨れの赤ん坊《ぼ》が甲走った声で――
「否《いや》だ。否《いや》だ。イケナイイケナイ。私から先だ私から先だ。私は美《い》い香気《におい》が嗅《か》ぎたい。花だの香木だのの芳香《におい》が嗅ぎたい。早く早く」
と叫んだ。すると直ぐ横に居たクリクリ坊主も負けていず、頓狂《とんきょう》な声で――
「ドッコイ待った。俺が先だ。石神の舌から生れた俺こそ、真っ先に美味《うま》いものを頂戴せねば相成らぬ」
と云い張った。四人はこうして暫《しばら》く睨《にら》み合いの姿で黙っていたが、赤鸚鵡はこの様子を見て奇妙な声を出して、ケラケラと笑いながら云った――
「耳の王。眼の王。鼻の王。舌の王。よく御聞きなされよ。よく御味《おあじわ》いなされよ。どなたが先という事はない。どなたが後という事もない。
皆様|一同《いっしょ》にアッと御驚《おんおどろ》き遊ばすものを近い内に御覧に入れます。
貴方がたはこの世界の初め、石神の身体《からだ》から出た三つの宝物、白銀《しろがね》の鏡と宝石の蛇と私の役目をお忘れになりましたか。
私は生れ付いて知っている魔法で以《もっ》て、世界中の事を見たり聞いたりしまして王様方にお話し申すのが役目で御座います。又兄弟の白銀の鏡は、そんな面白い有様を王様に御目にかけるのが役目で、それから宝蛇奴《たからへびめ》は、そんな面白い出来事の初まるようにするのが役目で御座います。
今白銀の鏡と宝蛇は、南の国の多留美《たるみ》という湖の底に沈んでおりますが、その中で宝蛇は、貴方方四人が一人の藍丸国王となって、初めてこの国に御出《おい》で遊ばしたその最初の御慰《おんなぐさ》みに、世にも美しい怜悧《りこう》な、それこそ王様が吃驚《びっくり》遊ばすような御妃を一人、御話し相手として差し上げたいと思いまして、私に探してくれと頼みましたので御座います」
これを聞くと坊さんは横手を打って感心をした――
「成る程、これはよい思い付きであった。わし等の主人の石神様が初めてこの世にお出で遊ばした時に、第一番に御困り遊ばしたのは、一人も話し相手の無い事であった。もしも彼《か》の時一人でも御話し相手があったならば、あんなに淋しがりは遊ばさなかったであろう。してその妃は見つかったか」
「はい、三人見つかりました」
「してその名は何と云うのだえ」
「年は幾つだ」
とあとの三人が畳みかけて尋ねた。
「はい。第一番に見つけましたのは、紅木大臣の姉娘で、紅矢《べにや》の妹の濃紅《こべに》姫と申しまして、年は十六。温柔《おとな》しい静かな娘で御座います。この娘はこの間|真実《ほんと》の藍丸王様が御妃に遊ばす御約束を、兄の紅矢と遊ばしたので御座いますが、もし王様がこの娘を御妃に遊ばしたならば、この国はいつでも泰平で、王様はこの世の果までも、御位《みくらい》に御出で遊ばす事が出来るで御座いましょう」
「何だ、その濃紅姫を妃にすると、この国はいつも静かに治まるというのか。イヤ、そんな静かな温柔《おとな》しい娘では、話し相手にしても嘸《さぞ》面白くない退屈な事であろう。俺達はそんな女は嫌いだ。それにこの国がいつまでも静かでは詰らぬ。何でも何か大騒動《おおさわぎ》が起って、珍らしい事や危ない事や不思議な事が、引っ切りなしに始まらなくては駄目だ」
とお爺さんは頭からはね付けてしまった。
これを聞くと赤鸚鵡は、さも困ったらしく首を傾《かし》げて黙り込んでしまった。そうして暫《しばら》くの間何か考えている様子だから、四人の者は待ち遠しくなって――
「これ赤鸚鵡。それではあとの二人の娘はどんな女だ」
「早く聞かせておくれな」
「どこに居《お》るの」
「何を為《し》ているのか」
と口を揃えて尋ねた。
赤鸚鵡はこう急《せ》き立てられると仕方なしに答えた――
「はい。それでは申し上げますが、あとの二人は二人共、この世に又とない賢い美しい娘で、一人は紅木大臣の末娘|美紅《みべに》と申し、今一人は南の国に在る多留美という湖の傍《かたわら》に住む藻取《もとり》という漁師の娘で、名を美留藻《みるも》と申します。けれどもその二人の内どちらが王様の妃になるかという事が私にわかりませぬ。それで考えているので御座います」
「何……どちらか解からぬ」
「はい。その二人は、どちらも顔付きから智恵や学問や背恰好《せかっこう》、髪の毛の数まで、一分一厘違わぬので御座います。で御座いますから、どちらが王様の御妃になる運を持っておる女なのか、今では全く区別《みわけ》がつかないので御座います」
「フーム。ではしまいになればわかるのか」
「ハイ。けれども王様の御命の尽きる迄はわからずにおしまいになるだろうと思います。何故《なにゆえ》かと申しますと、もし藍丸王様がその娘のどちらかわかりませぬが御妃にお迎い遊ばすと、どうしても王様の御命は来年中に、丁度その御妃の素性がおわかりになる少し前にお果てになりますし、私や鏡の生命《いのち》も、それと一所に尽きてしまうからで御座います。その代りその間は毎日毎日不思議な話や珍らしい物語の詰め切りで、濃紅姫と千年御一所に御暮し遊ばすよりもずっと面白う御座います」
「ふむ。それは成る程面白かろう。けれどもその面白い出来事の根本《もと》になるその妃の素性がはっきりわからないではつまらないではないか。折角、今この世に王となって現われて面白い事を見聞きしながら、その事の起りがわからないというのは何にしても残念な事だ。折角の面白い事も楽しみが半分になってしまうであろう。これ、赤鸚鵡。どうかしてその妃の素性だけを知る事は出来ないか。美留藻か美紅かどちらかという事がわかる工夫はないか」
「はい。それは当り前から申しますれば到底出来る事では御座いませぬが、只一ツここに私が世にも不思議な魔法を心得ておりまする。
その魔法を使う事を御許し下されますれば、王様がこの世を御去り遊ばして後《のち》の事までもはっきりとおわかりになる事が出来るので御座います。そうすれば王様のお妃が美留藻か美紅かという事もやがておわかりになる事と思います」
「何《なに》、俺達がこの世を去っても。それは可笑《おか》しい話ではないか。俺達がこの世を去れば又|旧《もと》の森に帰ってこの眼を閉じ、この耳を塞《ふさ》いで、この鼻から呼吸《いき》を為《せ》ずにしっかりと口を閉じて、じっと焚火《たきび》にあたっていなければならぬではないか。何も見る事も聞く事も出来ないではないか」
「イエイエ。それが出来るので御座います。私もまたこの世では殺されながら、この世の事を詳《くわ》しく見たり聞いたりして王様に御伝え申し上げる事が出来るので御座います」
「何だ。それではお前も俺達も生きているのと同じ事ではないか」
「はい。死にながら生きているので御座います」
「フム。それは不思議な魔法だ。してその魔法というのはどんな事を為《す》るのだ」
「私が今から行く末の事をすっかり考えてお話し致すので御座います。皆様が眼を瞑《つむ》ってそのお話しを聞いておいで遊ばせば、本当に御自分がその場においでになってその事を見たり聞いたりしておいで遊ばすのと同じ事で御座います」
これを聞くと四人は手を拍《う》って感心を為《し》た――
「成る程、それは巧い法だ。お前がたった今の事からずっと後《あと》の事まで考えて、それをすっかりここで話す。それを俺達が聞いていれば、どんな恐ろしい危い事でも安心して面白がっておられる。そんな危なっかしい妃を迎えて生命《いのち》を堕《おと》すような事があっても、根がお話しだからちっとも差し支えはない。その後《のち》の後《のち》の事までもすっかりわかる。妃の素性もわかるに違いない。成程、返す返すもよい工夫だ。では今から直ぐに話してくれ。四人一所に聞いていようから」
「一体これからどんな事が始まるのか」
「嬉しい事か。悲しい事か」
「楽しい事か。恐ろしい事か」
「早くその魔法を使ってくれ」
「待ち遠しくて堪らない」
と四人は口を揃えて頼んだ。
けれども赤鸚鵡は暫くは話しを初めなかった。じっと耳を澄まし眼を光らし、遠くの後《のち》の事を考えている様子であったが、やがて羽根づくろいをして静かに奇妙な声で話を初めた。
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第二篇 水底の鏡
九 湖の秘密
この藍丸国は四つの国にわかれておりまして、東の方を日見足国《ひみたるこく》といい、西の国を夜見足国《よみたるこく》といい、北を加美足国《かみたるこく》といい、南の方を宇美足国《うみたるこく》といって、それぞれその国の名を名前にした王様が治めているので御座いますが、藍丸王はその四人の王の上の王様で、四ツの国を合わせて一つの藍丸国と称えているので御座いました。
又藍丸国の北と西は、涯《はて》しない沙原《さばく》で囲まれていて、南と東側はどこまでも続いた海になっていますが、中にも南の宇美足国には湖や河が沢山あって、商売の盛んな処で御座います。その湖のうちで一番広い、多留美という湖の傍《かたわら》に住んでいる漁師で、名を藻取《もとり》という爺さんがおりました。お神さんと小供二人を早く亡くして、今では末の一人娘の美留藻《みるも》というのが大きくなるのを、何よりの楽しみにして仕事に精を出していましたが、美留藻は実《まこと》に美しい娘で、その上に村一番の水潜りの名人だと近郷近在の評判になっておりました。そうして誰がその婿《むこ》になるだろうと、方々で種々《いろいろ》噂をしていましたが、やがて美留藻が年頃になると、その噂は一ツになって、隣り村の宇潮《うしお》という漁師の二番目の息子で、これは水潜りも上手だが、取りわけて横笛が名人で、お母さんの身体《からだ》の中から鉄の横笛を握って生れて来たという評判の、香潮《かしお》という若者が、一番似合った婿であろうという事に定《き》まりました。
この噂はすぐに本当になりました。両方の間に或る世話好きの男が這入りまして、相談をしますと、両方の両親も、本人同志も喜んで、承知を
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