がここに置き忘れて行ったものに違いない。して見ればこれを黙って開いて見るのは泥棒と同じ事だと思って、出しかけた手を引っこめた。
 姫は折角こんな有り難い事に出くわしながら、指一本指す事も出来ず、持ち主の来るのを待っていなくてはならぬのが、自烈度《じれった》くて堪《たま》らなかった。早く持ち主が来てくれればいい。そうして自分にこの書物を貸してくれればいいと、足摺りをして立っていた。けれどもどういうものか、持ち主は愚《おろ》か人間らしいものは一人も遣って来ないで、その代りに空から銀杏の葉が黄金《こがね》の雪のようにチラチラと降って来て、書物のまわりに次第次第に高く積りはじめた。そうしてその黒い表紙がだんだんと見えなくなって、もうあと一二枚落ちるとすっかり銀杏の葉で隠れてしまいそうになると、最前《さっき》から我慢の出来るだけ我慢をしていた姫は、もう堪《たま》らなくなって、我れ知らず傍に走り寄って、銀杏の葉を掻《か》き除《の》けて書物を拾い上げて、表紙を一枚夢中でめくって見た。
 すると姫は又もやそこに夢ではないかと思う程不思議なものを見つけた。その初めの処にはっきりとした文字で『白髪小僧と美
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