で、紅木大臣に蹴られて気絶していた筈なのに、今は王宮の内のどこかの室《へや》で、見事な寝台《ねだい》の上に寝かされて、傍には最前縛られていた四人の宮女が控えております。そうしてなおよくあたりを見まわしますと、自分の枕元には藍丸王がニコニコ笑いながら立っていまして、その背後《うしろ》には宮中の凡《すべ》ての役人が星のように居並んで、自分に向って敬礼をしている様子です。青眼先生はこの有様を見て何事かと驚きまして、慌てて寝台の上から辷《すべ》り降りて床の上にひれ伏しますと、王はその肩に手を置きまして、
「オオそんなに恐れ入るには及ばぬ。俺は今までのお前の罪を許したのだぞ」
これを聞くと青眼先生は床の上にひれ伏して、恐れ入って申しました――
「ハイ。有り難い事で御座います。私はもうその御言葉を承りました以上は明日《あす》死んでも少しも心残りは御座いませぬ。私の心がおわかり遊ばしますれば、何で私が王様の御心《みこころ》に背《そむ》き奉りましょう。何卒《どうぞ》今日までの私の無礼の罪は、平に御赦し下されまするよう御願い致します」
と誠意《まごころ》を籠《こ》めて申しました。藍丸王も如何にも嬉しそうに――
「ウム。お前の罪は女王の言葉ですっかり許したから安心をしろ。女王は今居間で養生をしている。そうして世界中で本当の自分を知っている者はお前ばかりだと喜んで泣いているのだ。そうして今日お前の女王に尽した忠義の褒美《ほうび》に、女王は今からお前をこの国の総理大臣にしてくれと云ったぞ」
と思いもかけぬ御言葉です。青眼先生はあまりの不意な御言葉に驚いて、夢に夢見る心地で叫びました――
「エッ。私をあの総理大臣に。そ……それは王様、私のようなものには」
「黙れ。もう俺《わし》の云う事には背かぬと、たった今云ったではないか。この心得違い者|奴《め》が。貴様も矢張り紅木大臣のような眼に会いたいのか」
と忽《たちま》ち王は最前のような恐ろしい顔に変りました。
「エエッ。そして紅木大臣はどう致しましたか」
「ハハハハハ。紅木大臣がどんなになったか見たいのか。よし。それではお前は直ぐ紅木大臣の家へ行って、どんなになったか見て来い。そうして女王に無礼をする奴は親でも兄弟でも誰でも皆、こんな眼に会うのだという事をよく覚えて来い」
と言葉厳しく申し付けました。
このお言葉を聞くと一緒に青眼先生は、王が最前蛇を見せた時の事を思い出して、思わずゾッと身震いをしました。そうして直ぐに独りで王宮を出まして、急いで紅木大臣の家へ行って見ましたが、来て見るとどうでしょう。今まで深く茂った大きな常磐木《ときわぎ》の森の間に、王宮と向い合って立っていた紅木大臣の邸宅《やしき》は住居《すまい》も床も立ち樹もすっかり黒焦《くろこげ》になってしまって、数限りなく立ち並んだ焼木杭《やけぼっくい》の間から、白い烟《けむり》が立ち昇っているではありませぬか。そうして玄関のあたりに大臣夫婦は手も足も切り離されて、方々焼け焦げたまま、眼も当てられぬ姿になって倒れております。
青眼先生は震える手で、その手足を集めて見ましたが、最早何の役にも立ちませんでした。大臣夫婦の死体は最早切れ切れに焼け爛《ただ》れて、とても青眼先生の力では助ける事が出来ませんでした。
青眼先生は余りの事に声を立てて泣き出しました。そうしてもしや一ツでもいいから助かりそうな死骸は無いかと、暗《やみ》の中に散らばっている死骸を一ツ一ツに検《あらた》めながら、奥の方へ来る中《うち》に、不図青眼先生は屋敷の真中あたりで、切れるように冷たい者を探り当てて、ヒヤリとしながら手を引《ひ》き退《こ》めました。それは鉄と氷との二ツの死骸でしたが、薄い月の光りはその物凄い白と黒の二ツの姿を照して、何だか両方とも青眼先生を睨んでいるように思わせました。
青眼先生は思わずタジタジとあと退《ずさ》りをしました。そうして二ツの死骸をじっと見入りました。すると不思議や、青眼先生の直ぐうしろに寝ていた一ツの首が、白い眼を開いて月の光りを見ながら、唇をムズムズと動かし始めましたが、やがて不意に――
「嘘|吐《つ》き」
と云いました。青眼先生はハッと驚いて背後《うしろ》をふり向きますと、うしろにはたった今|検《あらた》めた馬丁《べっとう》の死骸があるばかりで、しかも手も足もバラバラになっているのですから、口を利く気遣いはありませぬ。先生は大方耳の迷いだろうと思って、ここを立ち去ろうとしますと、今度は別の死骸の、身体《からだ》から離れて転がっている首級《くび》が、眼をパッチリ開いて、月あかりに先生の顔をジッと睨みながら――
「不忠者」
と叫びました。青眼先生は身体《からだ》中が痺《しび》れる程驚いて、立ち竦んでしまいますと、今度は四方八方の死
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