骸の首が、一時に眼を見開きまして、方々から青眼先生を睨みながら、口々に罵り始めました――
「不忠者」
「紅矢を殺した」
「濃紅を殺した」
「美紅を殺した」
「女王に諛《へつろ》うた」
「紅木大臣を殺させた」
「紅木大臣の位を奪った」
「悪魔の王の家来になった」
「俺達までも皆殺させた」
「そして自分独り生きている」
「悪魔のために尽している」
「忠義に見える不忠者」
「善人のような悪人」
「卑怯な浅墓な」
「藪医者の青眼|爺《じじ》」
「貴様のために殺された」
「沢山の死骸を見ろ」
「俺達はこの恨みを」
「屹度《きっと》貴様に返して見せる」
「死ぬより苦しい眼を見せるぞ」
「生きられるなら生きて見ろ」
「死なれるなら死んで見よ」
「覚えておれ」
「覚えておれ」
こう云って口々に罵る声が次第に高くなって来て、しまいには耳の穴が裂けてしまう程烈しくなりました。青眼先生はまるで氷の中に埋められたように、身体《からだ》中がブルブルと震え出して、眼が眩んで倒おれそうになりましたが、やっと一生懸命の勇気を奮い起こして――
「お前達は皆間違っている。私は一人も殺しはせぬ。私はこの国の秘密を守るため……宮中に出入りして悪魔の正体を見届けるため……そのために総理大臣になったのだ。それも自分からなったのではない。王様が無理になすったのだ。紅木大臣をこんな目に合わせたのは私ではない……王様でもない……」
こう申しますと、沢山の生首は一時に口を揃えて――
「そんなら誰だ」
と申しました。
青眼先生は云おうとして云う事が出来ずに、ワナワナと戦《おのの》きながら身のまわりを見まわしますと、沢山の生首が皆一心に自分を見つめて、今にも飛びかかりそうにしています。そうしてその真中の自分の足下《あしもと》には鉄と氷の二タ通りの死骸が虚空を掴んで倒れたまま、これも自分を睨んでいます。青眼先生はその氷の死骸を指して――
「ココココココ……此奴《こいつ》だ」
と叫ぶと一所に力が尽きて、ウーンと云って気絶してしまいました。
するとこの時又もや耳の傍で不意に――
「青眼総理大臣閣下へお祝いを申し上げます」
と云う声が聞こえましたから、誰かと思ってフッと眼を開きますと、こは如何に、最前から見たのはすっかり夢で、自分はちゃんと旧《もと》の寝台《ねだい》の上に寝たままでした。そうして寝台の周囲には最前の通りに御殿中の大勢の役人共が集まっておりました。
その役人共は青眼先生が眼を覚ますのを見るや否や、皆一時に手を挙げ頭《かしら》を下げて――
「総理大臣公爵青眼閣下。御祝いを申し上げます」
と口々に申しました。これを見た先生は呆気に取られてしまって、どこからが夢で又どこからが本当なのか、いくら考えてもわかりませんでした。そうしてこれはあまりいろいろの心配をするために、気持ちが変になっているのではあるまいかと思いました。けれども斯様《かよう》に役人が大勢集まって、口々にお祝いの言葉を云うところを見ると、自分がこの国の総理大臣になった事だけは、どう考えても本当で、疑う事が出来ませんでした。
二十五 止まらぬ花馬車
一方、気が狂った紅木大臣は、濃紅《こべに》姫の死骸を荷《かつ》いだまま、一息に廊下をかけ抜けて、馬にも乗らず真一文字に、自分の家《うち》に帰り着きました。そうして門を這入るや否や、玄関の横に置いてあった昨日《きのう》の花馬車の中に、濃紅姫の死骸を外套に包んだまま放り込んで、それから廏へ行って名馬の「瞬」を引き出して、自身に馬車に結び付けると、いきなり鞭をふり上げて――
「もとの世界へ帰れ」
と叫びながら、尻ペタを千切れる程殴り付けました。
馬は驚いて棹立《さおだ》ちになって、驀然《まっしぐら》に表門を駈け出しますと、丁度そこへ王宮から、紅木大臣を追っかけて来た兵隊が往来一パイになって押し寄せて、一度に鬨《どっ》と鯨波《ときのこえ》を挙げました。馬は益々驚いて、濃紅姫の死骸を載せた馬車を引いたまま大勢の兵隊の真中に駈け込んで、逃げ迷うものを蹴散らし轢《ひ》き倒して、あれよあれよという中《うち》に往来を向うの方に疾風のように駈け出しました。
「それッ。今の馬車には誰か乗っていたぞ。一人も残さず殺してしまえ。逃がすな。余すな。追っかけろ」
と四五人の兵士が怒鳴りましたが、何しろこの国第一の名馬「瞬」が夢中になって駈け始めたのですから、迚《とて》も人間の足の力では追い附く気遣いはありませぬ。砂埃《すなぼこり》と蹄の音を高く揚げながら、千里一飛びという勢いで都の南の端にある青物市場へ一目散に飛び込みました。さあ大変だと大勢の人々が逃げ迷う間《ま》もなく、往来に積み重ねてある野菜や果物の籠を踏み散らし蹴飛ばして、雨か霰《あられ》のように馬車に浴びせ
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