貴様も悪魔の片割れか。今まで悪魔と馴れ合っていたのか。放せ。放せ。奴《おの》レッ」
と身もだえをするその手に女王は走りかかって縋り付きました。そうしてその顔を見上げながら叫びました――
「殺して下さい。お父様。妾は……もう……この上の苦しみは見られませぬ。生きては……生きてはおられませぬ。この剣で……さあ一思いに殺して下さい。姉様と一所に死なして下さい。青眼先生、放して下さい。この手を……お父様を放して下さい」
と無理に青眼先生の手を捕まえて引き離そうとしました。紅木大臣はこの時あらん限りの力を出して――
「エエッ」
と一声叫ぶと一所に二人を両方に振り放しました。そうしてなおも縋り付こうとする二人を、又も左右に蹴倒しますと、二人共一時に気絶してグタリと床の上に横たわりました。
この時最前から椅子に腰を掛けたままこの場の様子を冷やかに笑って見ておりました藍丸王は、矗《すっく》とばかり立ち上りましたが、その右手を高く挙げたのを見ると、一匹の恐ろしい姿をした蛇が、宝石の鱗を眩しい程光らせながら、真赤な舌をペロペロと吐いて巻き付いておりました。こうして王は高らかに叫びました――
「紅木大臣。よく見よ、よく聞けよ。この蛇はこの国の大切な宝だ。誰でもこの蛇を持って来た者はこの国の女王になるのだ。美紅であろうが美留藻であろうが、そんな事は構わぬのだ。そうして女王に害をする者は、皆殺して終うのがこの蛇の役目だ。貴様とても許さぬぞ」
「何を……何をッ」
と紅木大臣は血走った眼で王を睨み付けて叫びました――
「それならば貴様も悪魔だ。本当の藍丸王ならば、そんな汚《けが》らわしいものをお持ちになる筈はない。そんな無慈悲な事をなさる筈はない。貴様も悪魔が化けたのであろう。女王も悪魔。貴様も悪魔。悪魔。悪魔。大悪魔だ。エエ知らなんだ。気付かなんだ。そうと知ったら早く退治ておく者を。最早容赦はならぬ。この紅木大臣が忠義の刃を受けて見よ」
と云うより早く王を眼がけて飛びかかろうとしましたが、この時王が右手を挙げるのを見るや否や、一時にドッと籠《こ》み入った多くの兵士は、一方は王の周囲《まわり》を取り囲んで仕舞い、一方は紅木大臣を取り巻いて身体《からだ》中隙間もなく鎗《やり》を突き付けて、動かれぬようにしてしまいました。そうしてその間にその他の者は気絶した女王と青眼先生を抱え上げて、急いでどこかの室《へや》へ運んで行きました。
槍の穂先に取り囲まれた紅木大臣は、身動きも出来ぬようになりまして、棒のように突立ちながら歯切《はぎし》りをして、兵士の顔を睨みまわしていましたが、やがてその持っていた剣をカラリと床の上に取り落すと、そのまま高い暗い天井を仰いで、髪毛を一筋|毎《ごと》にビリビリと震わしながら――
「アーッハッハッハッ」
と高らかに笑い出しました。その気味悪さ。恐ろしさ。周囲《まわり》の兵士は思わず槍《やり》を手許《てもと》に控えて、タジタジとあと退《ずさ》りをしました。
けれども紅木大臣の笑い声は、なおも高らかに続きました――
「アッハッハッハッ。可笑《おか》しい可笑しい。こんな可笑しい事が又とあろうか。何という馬鹿馬鹿しい事だ。アッハッハッハッ、俺は今やっと思い出した。昔の名前を思い出した。俺の名前は美留楼《みるろう》公爵というのだった。何だ、馬鹿馬鹿しい、馬鹿馬鹿しい。馬鹿馬鹿しい。アッハッハッ。
あれ、美留女が本を読んでいる。白髪小僧が居眠っている。アハ。アハ。何の事だ。俺はこのお話を本当の事かと思った。これ、美留女。止めろ。止めろ。そんな本を読むのを止めろ。あんまり非道《ひど》いではないか。あんまり情ないではないか。お前はそれを平気で読むのか。お父さまは最早《もう》聞いていられない。コレ。止めろ。止めろと云うに」
と云いながらよろよろと前の方によろめき出ましたが、濃紅姫の寝台《ねだい》に行き当って、又ハッと気が付きました。そうして寝台に倒れかかったままじっと濃紅姫の死体を見ていましたが、見る見るその眼は又|旧《もと》の通りに釣り上りました。
「エエッ。矢張り本当の事であったか。濃紅姫は死んだのであったか。よしそれならばこうして……」
と云う中《うち》に自分の外套を脱いで、濃紅姫の死体をクルクルと巻いたと思うと、肩に荷《かつ》ぐが早いか一散にこの室《へや》を走り出ました。これを見ると火のように怒った藍丸王はそのあとから叫びました――
「ソレッ。あの家の者を鏖《みなごろし》にしてしまえ。あとは火を放《つ》けて焼いてしまえ」
二十四 生首の言葉
一方青眼先生は、一旦《いったん》はすっかり気絶して終《しま》って、何も解からなくなっていましたが、やがて自然と気が付いて見ますと、どうでしょう。最前自分は藍丸王の眼の前
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