皆二人の美しいのに驚いて、神様か人間かと怪しみまして、一体どこにこんな美しい姫君が居たのであろうと怪しみました。けれども又その中に、皆が怪しみ驚いたよりもずっと驚いて、世の中にこんな不思議な事が又とあろうかと、吾れと吾が眼を疑っていた人がありました。それは他でもない濃紅姫でした。
 濃紅姫はこの時までまるで夢中でいたのでした。お母様に抱き締められ、お父様に引き離されて王宮に来て、何が何やら解からず、泣く事も出来ずぼんやり立っていたのでしたが、この男姿の少女を一目見ると、ハッとばかりに驚いて、思わず声を立てるところでした。そうしてこれは本当に夢ではあるまいか。美紅《みべに》はどうしてここへ来ているのであろう。あの姿はどうしたのであろう。もしや妾《わたし》の眼の迷いではあるまいかと思いましたが、併し眼の迷いでも何でもありませんでした。顔色は常よりも紅《べに》をさして、姿も男の着物こそ着ておれ、あの紫に渦巻いた髪の毛。あの屹《きっ》と王様を見詰めている眼付。キリリと結んだ口もと。どうしても美紅にそっくり……これはどうした事であろう。他人の空似にしてはあまりよく似過ぎていると、呆れて穴の明く程その横顔を見ておりました。すると、この時その少女が、六人の中からズカズカと前に進み出て、王様の前に恐れ気もなく近寄りました。そうして帽子を取って最敬礼をしますと、やがて銀の鈴を振るような声で挨拶を致しました。
「王様。妾《わたし》はこの国の南の海の底にある海の国の女王で御座います。この度の王様の御布告《おふれ》を家来の蟹奴《かにめ》から承りまして、御恥かしながら海の底から、はるばると御目見得に参ったもので御座います。妾はこれまで参りますのに、誰も従《つ》いて来る者が御座いませぬから、旅を致すのに都合のよいように、こんな男子《おとこ》の姿を致して参りました。こんな勝手な風采《なり》を致しまして、陸の大王様に御目見得に参りました失礼の程は、何卒《どうぞ》御許し下さいまし。そうして御目見得の印に持って参りました、この宝石の少しばかりを御受け収め下されましたならば、妾はもとより海の底の国人《くにひと》も皆、王様の広い御心に対して、はるかに御礼を申し上げる事で御座いましょう」
 と云いながら、懐中から海の藻の一掴みを出して高く捧げましたが、その中から大きな紫色の金剛石《ダイヤモンド》の光りが虹のように輝き出て、さしもに広い大広間中に照り渡りました。
 集まっていた人たち皆、この有様に眼も心も奪われて、酔うたようになってしまいました。そしてその場でその少女はお后に定《き》まりましたが、又濃紅姫の閑雅《しとやか》な美しさも藍丸王の御眼に留《と》まって、王様のお付の中《うち》で一番位の高い宮女として宮中に置く事に定《き》まり、又|他《た》の四人の女も王様のお側付となって、直ぐにその日から御殿に留《とど》まる事になりました。
 けれども濃紅姫は自分がどんな役目をうけているか、自分の事を人々がどんなに評判をしているか、そんな事は少しも気にかける間《ま》がありませんでした。只一心に海の女王と名乗る少女の姿に見とれて、呆れに呆れておりました。ところがその中《うち》に不図《ふと》濃紅姫は、恐ろしい事を思い出して、思わず身ぶるいをしました。「この少女はもしやあの、悪魔とかいうものではあるまいか。紅矢兄様は御病気の時、悪魔が美紅に化けていると仰《おっ》しゃった。あの悪魔がこの女王ではあるまいか。それでなくてもし美紅ならば、妾の前に来てあんなに平気でいられる筈はない。そしてもし美紅でもなく又悪魔でもないとすれば、あのように、姿から声から髪毛の縮れ工合まで、美紅に似ている筈はない。悪魔。悪魔。悪魔に違いない。美紅に化けて兄様に大怪我をさせて、今度は海の女王に化けてこの国の女王になりに来たのか。事に依るとこの妾を咀《のろ》うて、妾が女王になるのを邪魔しに来たのかも知れぬ。それに違いない。それに違いない。吁《ああ》。妾の家《うち》はどうしてこんなに悪魔と縁が深いのであろう。何という執念深い悪魔であろう」
 こう思うと濃紅姫は、今まで美しい妹そっくりの少女であった男姿の海の女王が、角《つの》を生《は》やして口が耳まで裂けた悪魔の姿に見えて来て、恐ろしさの余り気が遠くなりそうになりました。そうしてその海の女王が、王様の傍近く進み寄って、女王の冠を戴いているのを見ると、さしもの大広間が大勢の人々と共にぐるぐるとまわるように思われました。そしてやがて皆の者が、一時に手を挙げ足を踏み鳴らして――
「陸の大王様万歳!」
「海の女王様万歳!」
 と割れるように叫びますと、濃紅姫は思わず声を挙げて――
「海の女王は悪魔です」
 と叫びましたが、可愛そうにその声は大勢の声に打ち消されてしまいまして、そ
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