の中《うち》に又不図これは悪魔の計略《はかりごと》だなと気が付いて、急いで紅矢の室《へや》に帰って見ますと、こは如何に。紅矢は何を為《し》たのか、布団の中から身体《からだ》を半分脱け出しまして、呼吸《いき》をぜいぜい切らして、眼を怒らして、歯を喰い締めて、窓の外を睨んでいます。そうして左の手には何か固いものを一ツ、しっかりと握り込んでいる様子です。青眼先生はハッとしまして、扨は悪魔は自分を誘い出しておいて、又もや紅矢を苦しめに来たのだなと気が付いて、急いで紅矢の傍へ寄って――
「紅矢様。若様。どう遊ばしたので御座います。悪魔がここへ参りましたか。そうしてどちらへ逃げて行きましたか」
と尋ねました。けれども紅矢はそれには返事を為《せ》ずに――
「悪魔。悪魔|奴《め》。美紅の悪魔奴、取り逃がしたか」
と叫びました。そうして又がっくりとうしろに倒れますと、どうでしょう。この間から窓の処に置いてある紅玉《ルビー》と同じ位に美しい、同じ位の大きさの紅玉《ルビー》が一掴み程、バラバラと寝台《ねだい》から転がり落ちて、床の上で血のような光りを放って散らばっているではありませぬか。この様子で見るとこの紅玉《ルビー》は、紅矢の妹共が忘れて行ったものでも何でもなく、全く悪魔が何かのために置いて行ったものに違いないと思われました。青眼先生は一寸の猶予《ゆうよ》も無く両親を呼んで紅矢の番を為《さ》せました。そうして自分は有り合う提灯に火を灯《とぼ》して、窓の外へ出まして、そこらをよく検《あらた》めて見ますと、石畳のあすこここに、一粒か二粒|宛《ずつ》紅玉《ルビー》が落ちています。青眼先生は占めたと思いまして、なおも提灯を地面にさし付けて、紅玉《ルビー》を探しながら、だんだんと跡を付けて行きますと、その跡は一間《ひとま》置いて隣りの室《へや》の窓の下に来て止まっています。そうしてその窓掛けの間からは薄い黄色い光りが洩れていました。
青眼先生はこの室《へや》が美紅の室《へや》という事をかねてから聞いておりました。けれども中を覗いた事は一度もありませんでした。ですから直ぐに提灯の火を吹き消して、その窓からそっと中を覗いて見ました。
窓の中の有様を一眼見るや否や青眼先生は思わず棒のように立《た》ち竦《すく》んでしまいました。窓の直ぐ傍の寝台《ねだい》の上には一人の美しい少女が寝ております。その顔。その姿。それから寝台《ねだい》の左右に垂れた髪毛《かみのけ》の色から縮れ工合まで、あの夢の中で、自分の背中の銀杏の葉の袋を切り破った女の子に一分一厘違いないではありませぬか。
青眼先生は暫くの間は、あまりの不思議に呆気《あっけ》に取られて、茫然《ぼんやり》と少女の寝顔に見とれておりましたが、やがてほっと大きな溜息をつきますと、何やらぐっとうなずきまして、震える手で窓をそっと押して見ますと、訳もなくスーッと左右に開きました。そこからそろそろと音を立てぬように中に這い込んだ青眼先生は、床の上に下りると直ぐに、毒薬の瓶の口を切って右手に持って身構えをして、丸|硝子《ガラス》の行燈《あんどん》の薄黄色い光りに照された少女の寝顔を又じっと見入りました。
見れば見る程美しい少女の姿。夕雲のように紫色に渦巻いた長い髪毛《かみのけ》。長い眉と長い睫毛《まつげ》。花のような唇。その眼や口を静かに閉じて、鼻息も聞こえぬ位静かに眠っている姿。見ているうちにあまり美しく艶《あで》やかで、何だかこの世の人間とは思われぬようになりました。けれどもなおよくあたりを見まわすと、その髪毛《かみのけ》の中や枕のまわりに一粒か二粒|宛《ずつ》、紅矢の枕元に在ったのと同じ位の大きさの紅玉《ルビー》が散らばっているではありませんか。
青眼先生はこれを見ると思わず声を立てて――
「悪魔」
と呼びました。
この声を聞くや否やその少女は直ぐにむっくりはね起きて、青眼先生の顔を一眼チラリと見ましたが、忽ち物凄い形相《かおかたち》になって――
「あれッ。青眼先生……妾《あたし》は美紅です。この家《うち》の娘です。悪魔ではありません」
と叫びながら紫の髪毛《かみのけ》をふり乱し、紅玉《ルビー》を雨のようにふり散らして、物をも云わず窓から逃げ出そうとしましたが、最早《もはや》遅う御座いました。青眼先生が注ぎかけた薬が身体《からだ》のどこかへ触《さわ》ると直ぐに、身体《からだ》中の血が氷になって、寝台《ねだい》の上にドタリと落ちて、見る見る内にシャチコばってしまいました。
青眼先生はこれを見ると、ほっと一呼吸《ひといき》胸を撫《な》で下しましたが、なおじっと気を落ち付けて動悸を鎮めて、それから死骸の傍へ寄ってよく周囲《まわり》を検《あらた》めて見ました。そうしていよいよ死んだという事をたしかめてから、
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