悪魔。悪魔」
と繰り返して行きました。やがて自分の家《うち》の門の前に来ますと、青眼先生は立ち止まって、矢張り腕を組んだままじっと門の前の銀杏の樹を見上げました。
銀杏の樹は最早すっかり葉が落ちてしまって、晴れ渡った大空に雲のように高く枝を拡げておりました。青眼先生は暫くその梢を見上げていましたが、やがて又眼を落してその根元を見ました。根元には黄色い葉がまだ腐らずに重なり合っています。そこをじっと見ていた青眼先生は、何か決心したらしく、独りで大きくうなずいて四方をグルリと見まわしましたが、人間は愚か猫一匹も通らない様子で、只前を流るる川の水音ばかりがサラサラと聞こえていました。この様子を見定めると青眼先生は又何かうなずいて、急いで門の中に這入って行きましたが、やがて又出て来たのを見ると、肩に一梃の鍬を荷《にな》えておりました。
何を為《す》るのかと思うと先生は、又一度あたりの様子を見渡して、誰も通らないのを見澄まして銀杏の根方に立ち寄って、積った葉を掻き除《の》けると、切々《せつせつ》そこを掘り初めました。そして四五尺も掘ったと思うと、一枚の鉄の板が出て来ました。
青眼先生がその板の端を鍬の先でやっと引き起こしますと、その下は石の箱になっていて、中には余程大切な秘密のものでも入れてあるらしい、真鍮の帯で厳重に封をした、銅《あかがね》の壺が一ツ置いてありました。けれどもその周囲《まわり》には、太い頑固な銀杏の根っ子が、幾重にも厳重に取り巻いていて、中々鍬の一梃や二梃持って来ても掘り出す事は出来そうに見えませんでした。まるで銀杏の樹がこれは俺のものだ。誰にも渡す事は出来ないといって、確《しっか》り掴んでいるようです。青眼先生はこれを暫く見つめていましたが、やがてほっと一息安心をした様子で、
「先ず大丈夫。この塩梅《あんばい》ならば残りの四ツの悪魔はまだ、あの壺の中から逃れ出していない。今のところではあの鏡と鸚鵡と、それからまだ現われて来ない宝蛇の三ツだけは退治ればよいのだ。それにしても宝蛇はどこに隠れているのであろう。そしてどこから現われて来るのであろう。心配な事ではある。もしや事に依ったらば紅矢様を狙っているものは宝蛇ではあるまいか。もしそうならばいよいよ油断がならないぞ」
と独り言を云いながら、じっと王宮の方を睨んでおりましたが、やがて又気が付いて、急いで壺の上に土を被《かぶ》せて、銀杏の葉を撒き散らして、あとをわからないようにしておきました。
十八 氷と鉄
その日も無事に過ぎて翌る朝になりますと、紅矢の家から又もや急な使いが来て、青眼先生に大急ぎで来てくれとの事でした。先生は取るものも取りあえず直ぐに駈け付けて見ますと、昨夜《ゆうべ》夜通し寝ず番をした紅矢のお父さんと黒牛とが、玄関に出迎えていまして、両方から手を引いて、紅矢の寝床へ案内をしました。そうしてそこの椅子に腰かけさせまして、暫く黙って紅矢の様子を見ていてくれと頼みました。青眼先生は愈々《いよいよ》不審に思って、一体これはどうした事と怪しみながら、頼まれた通りにじっと紅矢の寝顔を見つめていますと、やがて紅矢は頬の色を真青にして、火のように血走った両方の眼をパッチリと開きました。そうして天井を睨《にら》みながら身もだえをして、
「昨夜《ゆうべ》来た、悪魔が来た。美紅姫にそっくりの悪魔が男子の着物……紫の髪毛《かみのけ》……銀の剣《つるぎ》……金剛石《ダイヤモンド》の鈕《ぼたん》……窓から白い手を出して……手には美しい宝石の紐《ひも》を持って……その紐を投げ付けた。
お父さんも眠っていた。黒牛も眠っていた。
私だけ知っている。悪魔だ。悪魔だ。この間の悪魔だ。おのれ悪魔。もう一度来い。今後は逃《の》がさぬぞ。この繃帯を解いてくれ。この蒲団《ふとん》を取ってくれ。早く。早く」
と叫びましたが、やがて又疲れたと見えてグタリと横になって、ウトウトと眠り初めました。
この様子を見た青眼先生は又もや腰を抜かさんばかりに驚いたらしく思わず――
「ム――ム。悪魔……」
と叫びましたが、有り合う椅子にドッカと腰を下して、眼を閉じ口を一文字に結んでさも口惜《くや》しそうに――
「宝蛇だ。宝蛇だ。扨《さて》は自分の思い通りであったか」
と独り言を云いました。
傍に居た人々は両親を初め皆、いよいよ不思議な青眼先生の言葉や行いに驚いて、一体これはどうした訳であろうと怪しみました。そうして黙って考え込んでいる青眼先生の、物凄い顔付きを穴の明く程見つめていました。すると青眼先生は間もなく考《かんがえ》が付いたと見えまして、眼をパッと開いて――
「よし。覚悟した。私はどうしてもその悪魔の正体を見届けずにはおかぬ」
と申しました。
それから青眼先生は紅木大臣夫
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