……サア」
 と、彼はピンを一渡り見渡した。
「只今残っておりますのはP、A、E、J、Y、X……」
「いや、どうも有難う」
 記者は安ネクタイを一つ買ってそこを出た。
 それから記者は、一町ばかり行く間に、Mという字が特別によく売れるわけを考えるともなく考えたが、とてもわかりそうにもないのでやめにした。
 そんな事をすっかり忘れたまま、一週間ばかり過ぎた。

     ABCの秘密

 天気のいい午後であった。
 秋の西日を背中に受けながら、記者は上野動物園の杉木立に這入った。
 日当りのいい、人糞に遠い、という条件の処に一つの平石を見つけて、腰をかけて、杉の木に倚りかかりながら居ねむりを始めた。これは、そのころ記者に出来ていた習慣で、毎日是非一度やらなければ頭の工合がどうもよくなかった。女なら血の道とでもいうところであろう。
 暫く舟を漕いでから、ウトウト眼を覚ましていると、うしろの大きな杉の幹の向う側の根元に、中学二年位の生徒が来て話を始めた。何でも紙片《かみきれ》か何かを開いて、一人が講釈をするのであった。子供の声で、おまけに誰も居ないと思っているのでよくわかる。
「いいかい、君
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