て再三辞退したが遂に竹林武丸《たけばやしたけまる》と名乗った。
「父は尺八、母は琴の名手であったが十九の年に死に別れ、自身も盲目《めくら》となってこの姿」と涙を押し拭うた。
 養策は憐れを催おした。その眼を一度|診《み》てやるから明日《あす》改めて出て来いと十円の金を与えた。
 武丸は土間にひれ伏して涙にむせんだ。

     ―― 4 ――

 翌朝武丸は質素な身なりを整えて来た。
 養策はその眼を診察して「これは梅毒から来たものだ。家伝の秘法にかけたら治るかも知れぬから毎日通ってみろ」と云った。
 武丸は喜び且つ感謝した。そうして「どなたか存じませぬがお宅においでになる尺八のお好きな方に、お礼のため、毎日尺八を一曲|宛《ずつ》吹いてお聴かせ申したい」と云った。
 養策は苦笑した。「実は自分の亡くなった妻が好きだったので尺八を吹くものが来ると引き止める事にしているのだ」と胡麻化《ごまか》した。
「それではその御霊前で吹かして頂けますまいか」と思い込んだ体《てい》で武丸が云うので養策はしかたなしに武丸を仏間に案内した。
 武丸はそれから毎日診察に来る度毎《たびごと》に仏前に来て、名曲や
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