難曲を一つ宛吹いて行った。
 音絵は毎日蔭から聴き惚れていた。その中《うち》に心の奥底まで武丸の妙技に魅入られて来た。

     ―― 5 ――

 大学生の赤島哲也は遊蕩三昧《ゆうとうざんまい》をするようになった。
 以前、赤島家の書生であった警察署長の津留木万吾《つるきまんご》は忠義立てに哲也を捕まえて手強く諫言《かんげん》すると「音絵を貰ってくれぬから自暴糞《やけくそ》になったんだ」という返事であった。
 津留木は飲み込んで父の鉄平にこの旨を談判した。
 鉄平は「じゃ君に任せよう」と淋しく笑った。
 津留木は平服で丸山家を訪れた。
 養策が会ってみると「音絵を哲也の嫁に」という相談であった。
 養策は「親戚とも相談したいから」と返事を待ってもらった。
 署長は養策に送られて玄関まで来ると「どうぞ御都合のいい御返事をお待ちしております」と繰り返して云った。
 竹林武丸が外に立ってきいていた。
 引き返して来た養策は奥の間に音絵を呼んで「良縁と思うがどうだ」ときいた。
 音絵は「お言葉に反《そむ》きたくはありませんがあの方ばかりは」と断った。
 養策はすこし不機嫌で「それでは外に考
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